雨の音がする。肌が汗でべとつくことにはかわらないが、絹糸を思わせる雨音はうだる夏の夜に幾ばくかの清涼感をもたらす。夜明けの近い薄闇に、浮かぶ近藤の横顔を眺めながら沖田は思った。雨の朝は別れを惜しむかのように、いつまでも暁の感傷を引きずっている。
「台風、もう行ったかな」
まどろむように呟いて、うつ伏せていた近藤がごろっと横を向いた。
「総悟はいい人いないのか」
唐突だった。その唐突さに近藤は気付いていないのだろうか。雨音は静かに降り続いている。
「俺のいい人は近藤さんでしょうが」
近藤の真意からわざと外して答える。腕を伸ばして髪に軽くキスすると、近藤の匂いが鼻先をくすぐってくる。
想いを交わし体を重ねるようになってから十年も経つというのに、近藤と対峙すると未だにがむしゃらで余裕のない十代の自分を思わされる。こうして腕の中に閉じ込めても、油断すればするりといなくなろうとする。繋ぎ止めるのにいつだって必死だった。
「俺みたいなおっさん相手にするより、女の子のほうが絶対気持ちいいだろ」
努めて明るく、なんてことないように、近藤は酷いことを口にする。胸の辺りがぎゅうっと叫ぶのを押さえ込み、抱き締める腕に力を込めた。沖田が傷つくことを近藤が知りながら言っていることも、言いながら近藤が傷ついていることも知っている。昔はすれ違う言葉が苦しくて手酷いこともしてきた。近藤の心を抱き締められたらいいのに。強く優しく抱き締めて口付けることが出来たらいいのに。
近藤が沖田の頬を撫で、優しく輪郭をなぞった。唇が夢見るように口ずさむ。
「総悟の子供なら可愛いだろうなぁ。親父似の美少女でよぉ。俺めちゃくちゃ可愛がっちゃうね」
「まるで見えるみてぇに言いやすね」
「結婚しろよ総悟」
雨の音が消えた。
上体を動かし、両腕を支えに近藤を正面から見下ろした。ざらっと髪の毛が流れ落ちる。
「泣くな」
見上げてくる近藤の眉が、困ったように下がった。近藤には泣いているように見えるらしい。沖田には近藤のほうこそ泣いて見えた。
「近藤さん諦めて」
こつ、と額を合わせ、祈るように喉を震わす。
「もう諦めて俺のもんになってくだせぃ」
厚い手が沖田の髪を梳いた。なに言ってんだ、とその目が呟く。
「とっくにお前のものだろ」
肩の辺りで服を掴むように近藤の両手が、ない布を握りしめた。硬く握りしめる手をほぐしながら沖田が包み取ると、近藤は弱々しく微笑んだ。
普段は快活な表情に隠れ見えにくいが、こんな時、月日とともに刻まれた老いの存在に気付く。そう、若くはないのだ。そして近藤が思っているほどには自分も若くない。近藤の乾いた目じりの皺を優しく拭う。
これこそがともに歩んできた時間だ。これから何があろうと、何が起ころうと、自分と近藤の縁は切れない。それだけは確信していた。
風もなく、地面を打つ音だけが静かに音を立てていた。
─終─