金環日食も終わってしまえばこんなもので、坂田と近藤の二人は万事屋のソファでだらだらと日食特集のワイドショーを眺めていた。
感動はした。確かにした。だからと言って急に天文学に目覚めて自分の職業が変わってしまうほど、二十代半ば過ぎのフットワークは軽くないのだ。残念なことに。
全国の金環日食を見ながら、坂田にもたれているのかソファにもたれているのかわからない近藤が口を開いた。
「なんか凄い話だよな。太陽と月と俺が一直線上に並んだんだろ」
「太陽と月と俺な、並んだの」
「あれはビビるな。昔の人が世界の終末を覚悟しても仕方ないわ」
「明らかに寒くなったしなぁ」
「太陽は偉大だ」
近藤がしみじみ頷いた。
「見れてよかった」
「なんだかんだ金環の瞬間は晴れたしな」
「本当、指輪だった」
だらっとした近藤にとろっとしたものが混じる。その右手の薬指にはシンプルなゴールドの指輪がはまっている。金環日食にかこつけた坂田が、えらい臭い演出を要求されながら贈った指輪だった。そして坂田の指にも同じようなリングがはまっている。坂田が考えたように近藤も同じことを考え、図らずも指輪の交換という恥ずかしい事態に至ってしまった。
テレビはすでに金環日食から明日オープンする新しいランドマークの話題へと移っている。近藤が仕事に戻る時間も近い。気恥ずかしいのもあって、お互い付けているのは今くらいだろうと思っている指輪だったが、近藤は別にそのまましていても構わないんじゃないかと、微かな独占欲が坂田の中で頭をもたげる。鬼の副長の苦々しそうな顔が目に浮かぶ。
「もう日食も終わるな」
「また一緒に見れっかなぁ」
「次いつだ、三百年後?」
十八年後に北海道で起こるが、江戸で観られるのは三百年後らしい。
「三百年かぁ……」
遥か彼方の出来事に近藤の声が落胆する。
「見りゃいいだろ。三百年後にまた二人で」
芝居がかった仕草で右手の小指同士を絡ませすくい上げる。互いの薬指にはまったリングが窓からの朝日を受けきらりと光った。絡めた小指に力をこめれば、牛のように吠えた近藤が坂田の肩口に頭を突っ込んできた。挙げ句ぐりぐりと額を押し付けてくる。
「なんだそれー!」
「痛ぇよ」
「言われたこっちが恥ずかしいわ!」
そもそも来世とか運命とか信じてはいなかったし、冗談だと言えば冗談のつもりであったのだが、真っ赤に染まった首筋が目に入り、それもまたありかと考え直したところでぐりぐりやってた上体が起き上がった。近藤の表情がぱっと明るくなる。気付かなかった坂田を「抜けてるなぁ」とでも言うように近藤は胸を張った。
「つか十八年後にあんじゃん、北海道で!」
坂田の顔が強張るのには気が付かないようだ。十八年分の質量が右手の薬指を締め付ける。ヤバイ、と思った。不穏な気配が胸の内で育ち始める。
「まだ付き合ってる予定なんだ」
近藤が眉間をぐっと寄せた。
「お前さぁ、なんでそういう言い方すんの。俺は別れたくないよ」
傷付いたような呆れたような顔をする。近藤を単純だと笑うなら、坂田も同様に笑われなければならないだろう。呆気ないほど簡単に胸のつかえが下りてしまった。根拠もないのに大丈夫だと信じてしまっている。
「……まァせいぜい頑張れよ」
なぜか上機嫌な近藤がニヤニヤ笑っていて、坂田は顔をしかめた。全てまるっと見透かされてしまっている気がする。面白くない。それなのに全く癪に感じない、てのも含めて面白くない。
「もーいいから帰れ。仕事戻れ」
「なに怒ってんだよ。まだちょっと居れんのに」
近藤が機嫌よくキスの雨を降らせてくる。そろそろ神楽が起きてくるだろうし、新八も出勤してくる。が、そっちがその気なら仕方ない。いかつい顎を押さえ込み、唇と唇を合わせる。厚い舌を絡めあげ、歯列をなぞり、ついでに片手で腕時計の留め金を外す。浮かされた顔でソファに倒れる近藤に気をよくして、近藤の手首から抜いた時計をテーブルに置いた。
「俺は仕事だっつったのになぁ、お前がその気なら仕方ねぇよなー」
「ここと布団どっちがいい?」
わざと嗜虐的な笑みで見下ろせば、言葉に詰まった近藤が悔しそうに睨んでくる。売り言葉に買い言葉のようなものだったが、存外いい考えかもしれない。指輪も外さなくていいし。十八年だってあっという間かもしれない。このまま一日二人で過ごせりゃなぁなどと思いながら、坂田は近藤の眉間にちゅっと音を立てた。
─終─