遣らずの雨

 昼過ぎから降り出した雨が今も止まずに降り続いている。植え込みのある地面には水溜りと小さな川さえ出来ている。まるであの人の心模様のようだと近藤は思う。
 兄と慕う尾美一の最期を見届けた志村姉弟はひっそりと姿を隠した。心から笑えるようになるまで二人は現れないだろう。力になりたいがきっと二人の負担になる。ひたすら待ち続けるしか出来ない己の無力さに、近藤は唇を噛み締めた。姉弟を思い、尾美を思い、心をすくい上げた坂田とは大違いだ。
 玄関の戸口に立ち、空を見上げた近藤は傘が全て出払っていることに気がついた。そりゃそうだ、雨だもの。空の傘立てを前にどうするか思案する。近くのコンビニまで走ったところで着いた頃には不必要なくらいずぶ濡れになっていることだろう。そうこうしているうちに雨足がどんどん強まっていく。
「近藤さん、また出かけるんですかィ」
 雨の中から声がかかった。見廻りの帰りらしい沖田が傘を差し佇んでいる。大粒の雨が傘に弾かればらばらと音を立てる。
「総悟」
「傘、ねぇんでしょう」
 どうぞと言って沖田はその場で傘を閉じた。遮られていた雨が沖田に降り注ぐ。
「おい!」
 見る間にずぶ濡れになる沖田の手を掴み、急いで玄関に引き入れる。閉じた傘が雨のなか取り残される。数秒のことだったろう。それでも雨の勢いは強く、黒い隊服はずっしりと濡れそぼってしまっている。沖田の琥珀色の髪からは絶えず水滴がしたたり落ちる。
「なにやってんだよ、もぉ。早いとこ着替えてこい。風邪ひいちまうぞ」
 通りかかった隊士に声をかけ、タオルを持ってきてもらうあいだ、気休めに過ぎないが取り出した手ぬぐいで濡れた髪を拭っていく。足元からたたきに水溜りが広がる様子を沖田は見ているようだった。届いたタオル両手で広げたところで、俯いていた顔が上がった。沖田の大きな目が近藤をじっと見つめてくる。
「今回は旦那のこともあって目をつぶりやすが、あんまり入れ込まねぇでくだせぇ」
 口元はいつもの人をおちょくる笑みを浮かべているのに、目は奥深い森の湖のように静かに澄んでゆく。不安なときほど人の顔を見つめるのは沖田の幼い頃からの癖だった。まるで自分の度量を量られているようだと、その度に近藤は感じてきた。
「俺は待つことしか出来ないからさ、出来ることはやりたいんだ」
「わかりやす。でも、万事屋のアニキ分はあんたじゃねぇでしょ。あんたは真選組の……俺たちの大将なんだから、それを忘れられたら困らぁ」
「当たり前だろ。お前ら以上に大事なものなんてねぇよ」
 見つめる沖田の頭にタオルをかぶせ、わしわしと拭く。
 忘れるわけがない。それどころか、誰か知らない輩が兄貴面で居座っていたら、どんな手を使ってでも締め出すだろう。沖田も土方も、皆不甲斐ない自分を信じ付いて来てくれた者たちだ。あいにく量られるほど大層な器は持ち合わせていないが、掴める手は離さない。
 沖田の手が上がり、近藤の手を止めた。タオルの下からぼさぼさ頭の沖田がニコッと笑って顔をのぞかせる。
「変なこと言ってすみませんでした。いってらっしゃい」
「遅くなる前に帰ってくるよ」
 しっとりした髪を撫でると沖田は微笑んだ。着替えろよ声をかけ、外に足を向ける。依然降り続いている雨のなか、濡れながら傘を拾い上げる。開いた傘の淵をしたたる、雨粒の隙間から見える沖田の姿を一瞥して、近藤は門をくぐった。泥の匂いが鼻の奥で燻る。どこもかしこも雨ばかりだ。打ち付ける雨で凍えた左手を近藤は握りしめた。

─終─



   あとがき

 土方さんは圧倒的な信頼があって何も言わないのをわかっているので、沖田さんは心配になってしまってつい口出ししてしまった自分を恥じてる感じです。きっと近藤さんは兄貴面で居座る輩にも手を伸ばすんだろう。