「これから余の背中に“好き”と書いてくれ。何と書いたか当ててみせよう」
唐突な茂々の提案に、松平は元々の険しい表情のまま何も言わずに乗った。いそいそと背中を向けてくる上様に不用心だと思いながら人差し指を置く。
「す」
茂々がくすぐったそうに一文字目を口にする。
「き」
二文字目も口にする。
「……」
文字を書き終わり松平は指を離した。しばし頭を抱えていた茂々が松平に顔を上げる。
「隙間産業」
「正解」
「正解ではない!言ったろう、背中に“好き”と書いたら余が当ててみせると。もうよい、今度は余が書くからお前が答えよ」
「そもそもよぅ、それじゃゲーム性がねぇって……」
松平の不平も意に介さず茂々は背中に文字を書き始めた。たった二文字なのですぐに書き終える。
「どうだ?わからぬのならもう一度書くぞ」
すきすきすき、と可愛くねだる恋人のように何度も書き連ねてくる。
「早く答えよ。それともお前の忠義はそんなものか?」
遊ぶ声音に微かな焦燥が混じる。そこでようやく、険しい表情でだんまりを決め込んでいた松平が、溜め息一つと引き換えに背後の将軍と向き直った。
「茂々」
松平の表情は真剣であった。
「好きだ」
茂々の頬がぽっと紅潮する。
「かた」
「お前が好きだ、つってんだ」
これを求めてたんだろう、と言外に語る松平の視線にいたたまれなくなって茂々は顔を伏せた。すぐさま「顔下げんな」と声がかかる。
「んな回りくどい真似しなくとも、言って欲しけりゃいくらでも言ってやんのによぉ」
「すまない」
「謝んな」
「感謝する」
「おう」
顔を上げれば双眸を和らげた松平と目が合う。松平は優しい男だ。情に厚い男でもある。それに甘えてしまっていることを茂々は恥じていた。
「では次は背中に“愛してる”と──」
「仕事しろ」
─終─