この現状を言葉にするとしたら“裏切り”だろうか。そうか裏切られたんだな俺は、と近藤は虚ろな頭の片隅で思った。目の前では親友が自分の愛妻との子供を抱いている。仕方ないことか。今までだって付き合っていた恋人や想いを寄せる女性が土方に惚れることは少なくなった。二人がどれだけ素敵な人か、誰よりも近藤が知っている。
荒れ狂う感情を無理やり押し込め、最後の矜持とばかりに背を伸ばした。
「やっぱり家族は一緒に暮らしたほうがいい。その子がトシとお妙さんの子供だっていうなら俺は──」
「近藤さん」
なぜか土方はうっとりと微笑んでいた。
「なに言ってんだよ。十五郎はあの女に産ませた俺とあんたの子だろ」
ゾクッと全身に悪寒が走った。土方の後ろでは妙が乾いた涙を頬に張り付かせたまま固まっていた。何も知らない赤ん坊だけがとろとろと平和な眠りに落ちようとしている。腕の中の子供をやさしく揺すりながら土方は幸せそうに目を細めた。
「なぁ見てくれよ。可愛いなぁ。この耳、近藤さんにそっくりだ。爪の形も。鼻は俺か?」
顔を上げた土方が近藤と視線を合わせ一歩踏み出した。近藤は無意識に半歩後ずさる。水分を多く含んだ嫌な風が二人の間を吹き抜けていった。
「俺たちの子供のためとはいえ好いてもいない女との結婚生活は苦痛だったろ。嬉しいよ、やっと家族だけで暮らせる」
土方ははにかむように頬を染めた。震える手を前へと伸ばすと、土方はそれを察し近藤に胸の中の赤ん坊を預けた。
恐々抱き締めた赤ん坊は、抱き慣れない近藤の腕の中でもすやすやと心地いい寝息を立てくれた。小さくて柔らかくて簡単に壊れてしまいそうなのに、その重みで存在を主張する。これが命の重さかと思うと涙が滲みそうになる。妙は新八の胸を借り、肩を静かに震わせていた。若夫婦のように寄り添おうとする土方から、近藤は一歩二歩と身を退いた。双眸を見ながらゆるゆると首を振る。
「俺は……お前とは暮らせない」
近藤は腕の中の命を守るように、優しく、だがしっかりと抱き締める。子供の高い体温が胸の内を熱くさせる。誰の子供だろうと構わなかった。小さな規則正しい寝息だけは揺り起こしてはいけないと、そう感じていた。
─終─