腹の虫

 やってくしかねーだろ、と銀時の顔をした土方は言った。不本意極まりないとでも言いたげなその顔は、土方自身にも言い聞かせているようであった。
 妙に縁のあるやつだとは思っていたが、ついに身体まで入れ替わる事態になるとは。マヨネーズとニコチンで構成された新しい身体に、銀時は頭を抱えた。そんな縁は謹んでご遠慮申し上げる。なぜよりにもよってこの男なのか。
「マジかよ。お前に万事屋任せるのかよ。マジ心配だわ」
「はぁ!?」
 杉田ボイスが裏返った。外から自分の声を聴くのってなんだか変な感じがする。見慣れたはずの自分の顔が銀時に詰め寄ってくる。こうして来られるとホラーめいた恐怖を覚えるものだ。苛立ちを押さえ込んだ土方が、噛んで含めるような口ぶりで言い募る。
「いいか、余計なことはするな。何かあったらすぐ連絡しろ。何もなくても連絡しろ。俺からの連絡は五分以内に返せ」
「なんなの、随分束縛強くない?女に対してもそうなの?」
 ぐいっと銀時の隊服の首元を土方が締め上げた。
「こっちだっててめェにゃ頼みたかねぇよ。けど仕方ねぇだろ、てめェと俺が、入れ替わっちまったんだからよお」
 苛立ちをぶつけられる相手が一人しかいないように、頼れるのもお互いしかいない。図らずも運命共同体となってしまった以上、どんなに不本意でも二人で解決していかなければならなかった。
「……俺だって行きたかねぇよ」
 自分の口から出る他人の声も銀時には違和感しかなかった。


 土方の身体で真選組に戻った銀時は気持ちよく寝ていたところを無理矢理起こされ、わーわー喚く隊士連中を一喝した後、敷きっぱなしの布団の上でゴロゴロとジャンプを読んでいた。要するに坂田銀時の頃と変わらぬ生活である。
 マイペースに過ごす銀時とは対照的に、あの鬼の副長が局中法度の廃止を匂わせる発言をしたと、屯所内には激震が走っていた。真選組の背骨とも言える局中法度だ。隊士らの動揺は当然で、土方の部屋を訪ねてきた近藤の要件も、そのことについてだろうと銀時は当たりをつける。そもそも銀時からしたら、自分が土方十四郎をやっているあいだ中、何条まであるのかも知れない法度にがんじがらめにされたくない、程度の理由なのであまり大事になるようなら簡単に言質を翻すつもりだった。
「トシ、電話鳴ってるぞ」
「いーのいーの。大した用事じゃないから」
 銀時は雑誌から顔を上げず、右手を軽く振って答える。さっきからしつこく鳴り続けている電話の相手はわかっているし、その内容もわかりきっている。そんなに暇なら依頼受けて仕事しろよなぁと、自分のことは棚に上げ銀時はページをめくった。
 そろそろ着信が煩わしくなってきた頃、携帯がぴたりと鳴り止んだ。ほどなくして近藤が携帯を取り出す。相手の声までは聞き取れないが、近藤の態度からして“坂田銀時”からだということは容易に判断できた。ここにいない副長の過保護っぷりに呆れを通り越して感心すら覚える。
「今度はなにしでかしたんだ。……つーか、こっちで何が起きようが万事屋には関係ないだろ?」
 万事屋と真選組のいつもの距離感なら妥当な、すげない対応。それが今はなぜか癇に障った。
『あんたが心配なんだ、関係ねぇわけねーだろ!』
 スピーカーの最大音量を割って坂田銀時の声が響き渡った。一瞬自分が叫んだのかと思った銀時は、すぐに土方だと理解する。しかし銀時本人だと思っている近藤は銀時のあまりに予想外の反応に、携帯を持ったままぽかんとしていた。言われた内容を理解した近藤が、急速に上昇する水銀温度計のように真っ赤になるのを見て、銀時はおもむろに起き上がった。そのまま近藤に近づくと携帯電話を布団の彼方へ投げ捨てる。
「ちょっ、まだ通話中ぅぅぅ!なにすんのトシ、万事屋だったからいいものの……」
「おいおい、何その言いぐさ。お前だって万事屋に世話ンなったり色々してんだろ。感じ悪ィな」
 自分が苛立っていることを銀時は自覚していた。どこか釈然としない様子ではあったが、近藤は素直に頷いた。
「……確かに俺が悪かったよ。今からかけなおす」
「いや、今はいい」
 銀時はうんざりと首を振った。自分が苛立っていることを銀時は自覚していた。さすがに近藤も閉口していたが、親友のらしくない駄々に訝しむより先に呆れをのぞかせた。
「やっぱどっか悪いだろ。目半分しか開いてねェもん」
「こんなもんだよ、元から開いてねーよ。つーかさ、他に言うことあんだろ。土方さん、法度廃止するって言ったんだけど。止めよーとか、理由聞こーとか、思わねぇの」
「いや、だってさ、トシはその方がいいと思ったんだろ?」
 苛立ちに任せて問えば、返されたのは澄んだ眼だった。
「なら俺は反対しない」
 土方に対する同情と嫉妬が腹の底でぐつりと音を立てる。真選組の鉄の掟──土方が掲げる武士の理想すら捨てて、近藤は土方という存在を優先するらしい。“土方十四郎”であるだけで得られる絶対の信頼。そりゃ囲っておきたくなるのも道理だと、銀時は万事屋にいる男を思った。
「あー……そうだな、うん、要らないと思ってるわ。ついでにこの堅っ苦しい制服も、息詰まりそうになんね?」
 言いながら、ふんわりと形作られたスカーフに手を掛ける。柔らかい生地は溶けるように近藤の襟元から滑り落ちた。窺うようにして近藤の目の奥を見据える。
「いい?俺だから。“俺”がお前を自由にしてやる」
 相変わらず馬鹿みたいに受け入れきっている近藤に、よく覚えておけと念を押す。再び震え出していた携帯は、布団の波に飲まれ近藤まで届いてはこなかった。

─終─



   あとがき

 自分がいなくなった後で堅苦しい束縛から解放されたとか言われたら、そりゃ土方さんも穏やかじゃいられないよね、と思います。てか土方さんの存在が堅苦しい束縛ってことじゃね?束縛系副長じゃね?というあたりを書きたかったのですがよくわからない感じに。文章で入れ替わりものってハードル高かったです。
 真選組における法度の重要性は近藤さんだって理解してるはずなのによく受け入れたなぁと思うわけですが、最初は納得してなくても銀さんの雑な説得ですんなり丸め込まれそうな気もします。ちょろい近藤さん可愛いです。