春色ピンク

「ピンクだなぁ」
 近藤が山崎から頼まれた報告書に目を通していると、縁側に座っていた土方が何とはなしに呟いた。庭には桜の木が植わっていて、細い枝ぶりに淡いピンク色の花をつけている。七分咲きといったところだろうか。そろそろ今年の花見の時季だなと思った。
「桜がか?」
「あぁいやぁ、春が……?春のイメージ……?」
 間延びした調子で土方が返してくる。
「あーそうか……桜のピンクか?」
 陽に照らされている土方の背中がゆっくりと揺れている。それに同調するように、桜もゆったりと枝を揺らす。開け放した部屋のなかにやわらかい風がそよいだ。
「トシ、少し寝たらどうだ?」
「んー……」
 どっちともつかない返事の後小さく頷いた。
「悪ィ。ちょっと寝る」
 そのままかくっと首を落とした。せめて横になればいいのに。と思っていると背中がびくっと動き、ごそごそと携帯電話を取り出し、傍らに置いて、また首を落とした。電話か?
「誰からだ?」
「銀時」
 はっきりではないが確かに銀時と聞き取れた。銀時ってあの銀時だよな。へぇー番号知ってるんだ。へぇー仲良いんだ。へぇー……。
「出ねェの?」
「……眠ィ」
 土方の後姿が寝る体勢になる。
「や、でもなんか急用かもしんねえし」
「どうせくだんねェ……」
 ここまでくると眠気のほうが勝ったのか語尾が聞き取れなくなった。いやいや、くだらないとか勝手に判断するのは良くねェよ。土方はもう完全に眠ったのか、身じろぎひとつしない。庭の桜は相変わらずそよそよと揺れている。
 書類に目を落として、静かな背中に目を向け、再び活字の羅列を追う。内容が全く入ってこない。なんとか手元の仕事に集中しようとしていると、桜の花びらが一枚、風に流されてきた。座卓の上に落ちたそれを摘み上げる。こうしてみるとピンクと言うよりは白に近い。指先から花びらがはらりと落ちた。
 携帯のバイブ音が聞こえ、近藤は顔を上げた。土方の横の携帯電話が震えながら明滅している。また電話が掛かってきたようだ。銀時からだとしたら土方の言うように「くだらないこと」とは言い切れない。流石に土方も起きて直ぐに出るだろうと思っていたが、気付かないのか同じ姿勢のまま動く気配がない。そうしている内に携帯がバイブの振動で縁側の上を少しずつ移動している。今度は随分と長い。ほら、やっぱりくだらない用じゃねェじゃん。銀時からとは限らないけど……。携帯が縁側の縁でがたがたと動いている。落ちそうだと思ったとき、近藤は立ち上がっていた。
 気になるとかそういうんじゃなくて落っこちたら大変だからだと、自分に言い聞かせる。それでもやはり後ろめたく、ちらちら窺いながら携帯をはさんで土方の隣に腰を下ろした。縁側は太陽の光が降りそそぎとても暖かい。風がどこからか花の香りを運んでくる。その風が土方の黒髪を微かに揺らした。腕組みをしたままの姿勢で心地良さそうに寝ている。携帯はいつの間にか鳴り止んでいた。縁側から半分はみ出た携帯電話を元の位置に戻す。土方の言うように本当に大した用事じゃなかったのかもしれない。そう思えた。植えられている木々の鮮やかな黄緑色の葉っぱが全身で日光を浴びている。細かい影がゆれ、遠くで聞こえる街の声や小鳥のさえずりがとけこむ。
 少し強い風が吹いた。
 桜の木が、また一枚花びらを飛ばした。淡いピンク色の花びらは流れ、土方の髪に止まった。「あっ」と思い手を伸ばす。俯いているために襟元からうなじの下の首筋が露わになっている。指先から花びらがさらりと零れ落ちた。形のいい耳から細い顎へと線が延びる。薄く開いた口は白い歯と寝息が漏れている。前髪に隠れるように伏せられた睫毛が、肌の上に影を落とす。その影が呼吸と共に細かく震えている。近藤は、絡めるように土方の髪へ指を通した。指先が頭の形をなぞる。少し身を乗り出そうとしたとき、瞼がぴくりと動いた。土方の黒い瞳がゆっくりと近藤を見やる。
「やっ」
 悲鳴に近い短い声を上げて近藤は身体をさげた。何もしていないと、掌を見せながら両手を方の位置まで挙げる。
「いやその、髪が……髪に桜がな──」
 慌てて弁明すればするほどどんどん深みに嵌っていく気がした。多分これは本当に自分で自分の首を絞めている……。
「あ、そういやまた電話鳴ってたぞ。別に中見るとかしてねェから、ホント。誰からとかすら見てねェし。気になったとかじゃなくてな、ちょっと落ちそうだったから、つぅか危なかったからで……」
「あー……電話……」
 ぼんやりと桜の木を眺めながらとろとろと目を瞑っていた土方が小さく呟いた。
「ホント俺なにもしてねェよ」
 土方の横顔はゆっくりとした動作で携帯電話を一瞥する。それから近藤を見上げるように顔を動かし、一瞬視線を桜の花に流して近藤の顔を見た。つられて桜のほうに目を向ける。土方の体が傾いだ。左手を支えに重心が移動し、顔が近付き、唇が軽くキスをした。……言葉が出ない。
 ゆるい風が髪をさらい頬を撫で、花の香りを運んでくる。土方の後ろに見える桜色が空気に溶けている。
「ほら、やっぱピンクだろ」
 土方が眠たそうに笑った。

─終─



   あとがき

 「都合の悪いことはキスでもして誤魔化しとけ」みたに見えますね。それにしても全体的に登場人物の眠い率高いな。眠い人がいると話がほのぼのするからかなぁ。ピンクピンク言ってるけど、ほのぼのですよ。