山崎は遺品の整理をしていた。冬晴れの空は成層圏まで見通せそうなほど澄んでいる。飛行艇が一隻、上空の航路をゆっくりと運航していった。
捜査資料などの書類は別に分け、日記や手帳・手紙の類は中を検めた後、問題ないと判断されたら遺品として遺族に引き渡される。山崎は黙々と分別作業を繰り返した。男の私物らしい私物は少ない。古書店に売られているような日に焼けた文庫本数冊を山崎は段ボール箱に詰めた。
男は監察の人間であった。同室で、なおかつ同じ監察でありながら、山崎は男のことを深く知らない。地味で無口な男。そんな印象のまま、短期の潜入捜査中にゴミ捨て場で男は死体となって発見された。よく晴れた冬の日だった。
ハンガーに掛けられていた隊服を畳もうとしたところで、山崎は違和感に手を止めた。左胸のあたりに他とは違う固い感触がある。合わせを返してみれば、裏地の内ポケットが荒いしつけで縫い付けられている。糸を解こうと思ったのは職務というよりも、好奇心に駆られた部分が大きい。自分の机からハサミを取り出すと、山崎はポケットの口を封じる糸を慎重にほどいていった。
中から出てきたのは二つに折り畳まれた写真だった。そっとよれた写真を開くと、そこには笑顔の近藤が写されていた。朗らかで心の内が晴れ渡るような近藤らしい笑顔。ただその笑顔は右隣にいる誰かに向けられている。山崎は腹の底からせり上がってくるものを必死に飲み下した。。なぜ見つけてしまったのか、激しい後悔の念に襲われる。
ふと襖の開く気配に我に返った山崎は、とっさに男の隊服の下に持っていた写真を隠した。直後開いた襖の間から土方が顔を覗かせる。
「どうだ、終わるか」
「すみません。今日中には終わらせます」
作業の進捗状況を把握し、土方は軽くうなずいた。
「なにか問題のありそうなもんは」
「今のところ特に」
仕分け途中の部屋を見回した土方が山崎の手元の隊服に目を止めたのを、山崎は気付いた。写真を持つ手がじわりと汗ばむ。見透かすことなどできるはずないのに、土方は感づいているのではないかと山崎は思った。しかし土方は何も言わずにいる。
「あの、下手人の目星は」
口を開いたのは山崎の方だった。土方は咥えていた煙草を口から離すと、溜め息のように煙を吐き出した。この部屋には馴染みのない匂いが山崎の鼻をくすぐる。
「まだだ」
「そうですか」
ほんの一、二分顔を出しただけで、踏み入ることもなく土方は部屋を後にした。再びひとりとなった山崎は作業を再開するでもなく、二つ折りにされた写真を眺めていた。
男を殺した犯人の手掛かりがないことに憤りは覚えなかった。友人なら仇を打ちたいと考えるのかもしれない。
近藤の笑顔を見ているうちに、ふと男の笑っている顔を思い出した。輪の中心になることはないがいつも穏やかに笑っている男だった。もっとたくさん話しておけばよかったと悔やむと同時に、それが一時的な感傷であることも山崎は知っている。また隊服の内ポケットに写真を戻し丁寧に縫い付けた。見上げると飛行艇の作った雲が一筋、青い空に残されていた。
手紙が出てきたら近藤に渡そうと山崎は考えていたが、結局あの写真以外、男の思いを残したものは見つからなかった。
─終─