乱雑にまとめられている机の上で肩肘をつくと、土方は薄く開いた唇から、ふーっと煙を吐き出した。細く線を引きながら濁った煙は天井へと昇ってゆく。わずかな流れを辿るように、充満した煙は澱んだ空気の中をゆらゆらと揺れていた。
 その流れを乱すように再び煙を吐く。すでにいっぱいになっている灰皿は、抱えきれなくなった吸殻を周辺に落としている。それでも無理やり押し込むと新しい煙草に火を着けた。
 いつの間にか部屋を煙で満たすことが目的のようになっている、と土方は思った。煙草は綺麗な空気のほうが美味しいが、綺麗過ぎる空気は居心地が悪かった。不純物である自分を追い出そうとしているのだろうか。
 たなびく空気の流れを目で追っていると、突然ふすまが開かれた。
「おい、トシ……うおっ何だこりゃァァァ!ケムっ!」
 ふすまが開かれたのと同時に現れた近藤が大きく咳き込み、慌ただしく窓に駆け寄る。声をかける間もなく、開け放たれ窓から新しい空気が流れ込んで来た。入ってきた空気は冬の寒さを予感させるようにひんやりと冷たい。
「寒ぃ……」
 新鮮な空気は蓄積していた空気を一掃して行った。不満そうに身をすくめる土方に近藤が呆れた声を上げる。
「煙草吸うのも勝手だが換気ぐらいしろ」
 近藤はこもっていた空気を追い出して満足したのか、深呼吸をすると土方の差し出した座布団にどかりと胡坐を書いた。が、その視線が机の上の灰皿を捕らえ今も吸っている土方に煙草に止まると、眉間にみるみる皺が寄っていく。
「なんでそんなに吸うんだ?」
 最終的にすっかり険しくなった近藤の顔を横目で見ると、土方は煙を吐き出した。煙は天井に届く前に窓から入ってくる空気にかき消される。
「さァな。いつも煙が立ってりゃ、俺が何処にいるかすぐ解るだろ?」
「そんなことしなくても、トシの居場所くらいすぐ解るのに」
 近藤の驚いた表情が一瞬で笑顔に変わる。つられて土方もあいまいに微笑んだ。
 近藤の纏っている空気はとても澄んでいて、それが時々息苦しくなる。間に煙でもなければ顔を見ることもできなかった。
 煙草を持つ土方の指先から立ち上る煙は、入ってくる空気に散らされて薄く膜を引いている。二人の間を遮るように漂う膜は近くにある近藤の顔を遠いものにしていた。
 急に何を思ったか、煙の向こうの近藤が前のめりになった。遠かったその顔が距離を縮める。不審に思っていると、すぼめられた口から短く息を吹きかけられた。
「おいっ何すんだよ!」
 覆ってくる煙に思わず顔をしかめる。薄く開いた目の隙から、悪戯に成功した子供のような笑顔が見えた。
「こうでもしなきゃ煙が邪魔でトシの顔が見えねェだろ?」
「何言ってやがる」
 くだらない冗談は止めろ、と近藤を軽く睨んだ。それでも楽しそうな近藤に、土方はバツの悪い顔で持っていた煙草を口にくわえる。深く吸い込むと、煙が肺を満たしてゆく。その状態のまま上半身を近藤に近づけた。きょとんとしている近藤に満面の笑みを向ける。
 ふ、と一息に肺の中の濁った空気を近藤の顔に吐き出した。
「うおぃっ!」
 寄せた眉間の前を激しく手で扇ぐ。不意に吹きかけられた煙がしみたのか、近藤の目尻にはうっすらと涙が滲んでいた。
「何すんだよ」
「お返しだろうが」
「えぇー。どう考えたって俺の方が酷い目に会ってないか?」
「気のせいじゃねェの」
 ふてくされる近藤の姿に思わず笑みがこぼれる。今は損ねているように見える機嫌もすぐに直ると解っていた。自分とは比べ物にならないほど、己の感情に正直な近藤が羨ましくなることがある。土方には真似できないから、近藤の素直さに頼ってしまう面もある。
 大きく息を吸って新鮮な部屋の空気を肺いっぱいに取り込んだ。立ち上る煙を目で追っていくと開け放たれた窓で止まる。
「やっぱり空気の綺麗なほうが煙草も美味いな」
 呟いた言葉は煙と一緒に、秋の澄んだ空に溶けていった。

─終─



   あとがき

 初書き銀魂。切ない話のつもりで書いてたのですが、読み返してみたら……甘い?微妙?書いてみて初めて近藤さんの難しさを知りました。書くのも描くのも苦手ってどうしようもない……。