今ここにあるタイプの危機

 パトカーのライトに照らされて、白い路面が浮かび上がる。片道一車線のそう広くない道路は、先日降り積もった雪が平に均され滑沢な面を形成している。
 助手席に座っていた近藤は込み上げるあくびを噛み殺すのに必死だったが、運転中の土方は見慣れたくわえ煙草の横顔をしていた。イメージが悪いと松平にたしなめられたばかりの煙草であったが、近藤は取り立ててなにか言ったりはしない。
 空気が乾燥して火事が多くなると同時に増え始めた、不審火に対する見廻りの最中である。細い路地を不規則に通り、そろそろ引き上げるか、というところだった。無線も入らず、静かな夜だった。
 腕組みをしながらうつらうつらしている体に、唐突な重力の変動が襲った。バチッと眠気が吹き飛ぶ。流れる車窓の景色に、車がスリップしたのだと気付く。後輪を滑らせる車体と共に血の気が失せる。ガードレールが眼前に迫り、対向車のヘッドライトが車内に差し込んだ。
 死んだと思った。真っ先に思い浮かんだのが、冷凍庫に残した雪見大福だった。俺が死んだら分け合って食べてくれ。なんだかんだ言っても、死の瀬戸際での未練なんてそんなものだった。後悔の少ない人生を送れたものだ。ああ、でも、どうせ最期なら伝えておけばよかった。
 スリップしたパトカーは百八十度向きを変えエンジンブレーキで自然と停車した。物凄い速さで走ってくると感じた対向車は速度を落とし、のそのそとすれ違っていった。近藤は深々と息を吐く。武装警察の仕事柄、死線をくぐることも少なくないが、まさかこんな所で死を覚悟するとは思わなかった。
「はー……ビックリした。トシ大丈夫か?」
 ドキドキする心臓も吹き出た冷や汗も、少し落ち着いて横の土方を見れば、くわえ煙草もそのままに表情一つ変えずにハンドルを握っていた。さすが鬼の副長。この程度では動じないらしい。
「近藤さん」
「どうした?運転代わろうか?」
「愛してる」
 表情一つ変えない鬼の副長は、それだけ言うとギアを入れ直して緩やかに走り始めた。降り出した雪が暗がりに白く舞うのを見ながら、近藤は今死ぬわけにはいかないと考える。呆然とする近藤を乗せてパトカーは安全運転で屯所に向かっている。

─終─



   あとがき

 走馬灯が見えた土方さんが爆弾落としてきました。雪道は怖いですね。でも屯所に帰っても特にいつも通りっぽそうです。