詣でる以前に境内に入ることすらままならない人ごみに、土方は露骨にうんざりした表情を浮かべた。人、人、人、人、だ。数時間前に煩悩を滅したはずなのになんとも業が深い、などと自分を棚上げして考える。
「毎年思うけど凄いよなぁ……」
初詣を言い出した張本人が漏らしていた。一応恒例行事であるから異論はないものの、こうも人ばかりだと屯所に残った沖田たちが賢明だったように思えてくる。土方としても新年早々人にもまれたいわけではない。どちらともなく歩き始め、人だかりの神社を後にした。
近藤の横を土方は並んで歩く。昨晩降った雪が薄く路面を覆っている。弱々しい冬の太陽に照らされて雪の表面が光を反射させる。
「雪降るとちょっとさ、ウキウキするよな」
綺麗な足跡を残し、近藤が声を弾ませる。
「やだよ、さみィ。仕事増えるし」
土方は白い息を吐きながら両手を袂に潜らせた。空気よりも風が冷たい。近藤の耳が寒そうに赤くなっていた。
「じゃあ手繋ぐか!」
「はぁ?」
「や、冗談だって」
「笑えねェよそれ」
にべもなく吐き捨てると、土方は歩く速度を上げた。後ろから近藤の謝る声がする。近藤のそういう軽はずみな言動にどうしようもなく苛立ってしまう。悪意も他意もないないのが分かっているから余計に腹が立った。土方にとって本当に笑えない冗談なのだ。
「ごめんてば。なんでそんな怒ってんだよ。あ」
突然マフラーが引っ張られた。
「ちょ……」
「トシトシ」
指差す先に小さな神社がひっそりと建っていた。先程と違い辺りに人気はなく、ともすると見逃してしまいそうだ。土方のマフラーを掴んだまま近藤が言った。
「な、あそこでいいんじゃね?初詣」
近藤に引きずられて石の鳥居をくぐる。石畳の雪は足跡で殆ど溶けていたが、境内はまっさらなまま一面を白一色にしていた。賽銭を投げ入れ、手を合わせる。願うことは既に決まっていた。毎年毎年願い続け、未だ叶わない望み。
胸の内で唱え土方は顔を上げた。横では近藤が、土方が顔を上げているのも気付かないほど真剣な表情で手を合わせていた。
「随分長かったけど。なにそんなに祈ってたんだよ」
「それ言っちゃったら叶わないでしょーが」
そのくせ「トシは?」などと聞いてくる。土方は少し唇を尖らせた。
「“近藤さんが仕事をサボりませんように”とか」
「しょ、精進します……」
「“近藤さんが今年も無事過ごせますように”“真選組が安泰ですように”“近藤さんにいい結婚相手が見付かりますように”“近藤さんの願いが叶いますように”」
ゆっくりと歩きながら一つずつ願いを漏らしていく。こんな押し付けがましいことを明かされても、鬱陶しい以外ないというのに。
「トシは欲ねェの?」
近藤の声が優しい。濡れた路面が眩しくて土方は目を細めた。
「“俺が──”」
歩みを止める。
「“俺が近藤さんを嫌いになれますように”」
口に出したことで願いが叶わなくなるのだとしたら、これで今年もダメだったことになる。例え内に秘めていたとしても無理だったことくらい初めから分かっていた。それでも願うことすら止められず、また月日が巡る。来年も再来年も。
近藤の草履が土方の斜め前で止まる。
「俺の願いは“トシが俺のこと好きになりますように”て、それだけだよ」
土方が顔を上げると、近藤は少し不貞腐れた表情をしていた。
「……言ったら叶わないんじゃなかったのかよ」
「いいよ、自分で叶えっから」
つい憎まれ口を利きそうになって土方は口をつぐんだ。手を取られ、導かれるように歩き出す。指先だけが遠慮がちに絡む。
「なーんか腹減ったなぁ。蕎麦でも食ってくか」
「また蕎麦かよ」
手を引かれながら土方はぼやいたが、近藤は楽しそうに笑っていた。
「末永くよろしく」
─終─