蕎麦屋の前を通りかかると「そういえば」と近藤が口を開いた。
「江戸に上がったばっかりの頃トシとなぁ──」
ああこれで何度目だ、と伊東は胸の中で悪態をつく。作り笑いも強張り愛想も難しい。
見廻りを始めて三十分程度だがすでに十は近藤の思い出話を聞かされていた。何かを見つけては、「トシが女の子に川に落とされて」だの「総悟が団子を喉に詰まらせた」だの、大して面白くもない出来事を嬉々として語ってくる。そのほとんどが近藤自身のというより土方や沖田ら、周囲の人間たちの話に終始している。興味のない話を延々聞かされる事も苦痛だったし、近藤が思い出の類を大切にする輩だというのも煩わしかった。
また何か見つけたらしく近藤が喋りだした。
「犬って言えば小さい頃総悟のやつ──」
「近藤さんにいい思い出が沢山あるのは分かったが」
今まで適当な相槌しか打ってなかった伊東が唐突に遮ってきたことに、近藤は驚いて伊東を見る。見られたので伊東も見返し言葉を続ける。
「僕は聞きたくないんだが」
近藤ならこれぐらいはっきり言わなければ伝わらないだろうと、些かきつい表現になる。が、近藤は紅潮した顔で力強くうなずき「分かった」と言う。
「先生といるときは他のやつの話しないから」
ああ絶対分かってない、と本日何度目かの悪態を胸中でついた。近藤がどう受け取ったかは知らないが正しく理解されてないことは確信する。なんだか一人で照れてる近藤に伊東は「そうしてくれると嬉しい」
と力なく答えた。
─終─