結末、始まり。

「俺、結婚することにしたわ」
 二人分のコーヒーを淹れた近藤が、事のついでみたいにさらりと告げてきた。
「え?」
 渡されたコーヒーカップを危うくキーボードにぶちまけるところだった。
 聞こえていたのに聞き返したのは動揺していたから。動揺したのは、近藤が本当に結婚するとは思っていなかったから。
 土方は、近藤の自分に向けられた好意に気がついていた。気がつきながら気がつかない素振りでかわし続けていた。
「どうせあれだろ、またゴリラとかそんなのだろ」
「違いますー。ちゃんとした可愛らしい女性ですー。とっつぁんが持ってきた縁談だから地球人じゃないし、互いに下心ありの結婚だけど、ホントいい娘なんだぞ。小さくって優しくってシロツメクサ?みたいな?」
 穏やかな口調で近藤は話す。手のひらに包まれたコーヒーカップからは、湯気がやわらかい曲線を描きながら流れている。
「祝ってくれるよな」
 パソコンのモニター越しに近藤が微笑む。土方は口に運んでいたカップを、パソコンの横に置いた。「ああ」──と一言、返事ともつかない言葉を発するだけで、土方の意思とは無関係に近藤には肯定の意で捉えられる。便利な日本語の曖昧さ。だがそれすら言うことができなかった。
「山崎が呼んでたな」
 ノートパソコンを閉じ、腰を浮かせる。立ち上がろうとした土方の腕を近藤が引きとめた。
「祝ってくれるだろ?」
 近藤の持っていたカップが倒れる。こぼれたコーヒーが畳に染みを作っていく。思わず口を衝きそうになった言葉を土方は飲み込んだ。こんな半端な気持ちで言っていいものではない。
「……明日言う」
「なんだよそれ、今言えよ」
「だから明日言うって。今は色々忙しんだよ」
 それでも近藤は手を離さなかった。それどころか近藤の手に一層力がこもる。
「俺の気持ち分かってるんだろ?今までずっと無視しといて、まだ逃げるのか?」
「逃げるもなにも、なんも言われてねぇのになんで俺が歩み寄らなきゃなんねぇんだよ。踏ん切りつけたいなら一人でしてろ」
 強引に振りほどいた腕が机にぶつかった。カップが倒れ、机の縁をコーヒーが伝う。こぼれたコーヒーを拭く気も起きない。詰め寄る近藤を遮断するように、土方は自分の顔を覆った。イライラする。近藤にも、顔も名前も知らない女にも。
「勝手に引導渡されたがってんじゃねぇ」
 溜め息が口を衝く。こんな半端な気持ちでいいものではないのに。顔を上げ近藤を見た。
「結婚するなよ」
 「え?」と聞き返してきたのは、動揺しているのか、本当に聞こえなかったのか、或いはもう一度聞きたかったからか。

─終─



   あとがき

近→土を書こうとしたのですが、なんだか相変わらずな感じが……。相変わらず土方が近藤に甘い。