白木の鞘



 倒れた土方を搬送する際沖田も一緒に乗せられそうになったが、自分は大丈夫だからと頑なに固辞した。坂田と鉄之助を乗せたパトカーと二台見送ると、沖田は近藤を振り返った。
 どうも機嫌が悪い。口調も態度もいつもの近藤らしい磊落さであったが、そこから滲み出る気配というか、まとう空気のようなものが微かにピリピリしている。おそらく沖田しか気付けない類のものだ。最初は土方の容体が気掛かりなのかと思ったが、送り出す近藤に心配しているそぶりはなかった。そうなると自分か。
「少しやりすぎやした。すいやせん」
 ぺこりと頭を下げ素直に謝罪する。近藤に刀を向けようとしたのだからこのぐらい当然で、廃ビルをひとつ瓦礫の山にしたからといって全くやりすぎだとは思わないが、一人で無茶したことも含めて形だけでも謝ったのだが、近藤は豪快に笑い飛ばすばかりで小言のひとつもない。ならその不機嫌はなんなのかと言い立てれば、「俺怒ってる?」と驚いた顔をして見せた。
「機嫌悪ィでしょう」
「そんなつもりは……」
 指摘され心当たりに気が付いた。やにわに近藤の表情が曇る。沖田の破壊したビルでは見廻組と真選組の隊服が瓦礫の撤去に動いている。今井信女の安否が不明なため捜索が続いていた。塵が舞い上がり一帯が白んでいる。コンクリートの破片が靴底でじゃりっと音を立てた。
「あの娘」
 近藤の呟きに沖田の心臓がひやりと軋む。一見して問題アリの女だ。近藤の有り余る包容力と博愛精神と庇護欲が働いたとしても不思議はない。まさかあの女の鞘にでもなるつもりじゃねぇだろうな、いやあの時傍にはいなかったはず──
「お前のこと“人殺しの目”つっただろ」
 その一言で沖田の思考は全てきれいに霧散した。近藤が不愉快極まりないとばかりにムスッとしていたので、そんなことで、と出かかった口を慌ててつぐむ。
「総悟が人殺しなら俺だってトシだって人殺しだ」
 微苦笑する沖田に近藤は一層苦々しく顔を歪めた。そういう意味ではないことくらい、近藤もわかっている。沖田がもっと憤り否定していたらこんなに腹立たしくはなかっただろう。可愛い弟分が初めて会った人間に人殺し呼ばわりされて腹が立たないわけがない。彼女が理解したのが沖田の本質のようで面白くない、のかもしれない。
「大丈夫ですよ、俺は。近藤さんがいりゃあ、俺は人殺しにはなりやせん」
 清々と笑う沖田の表情が妙に大人びて見え、近藤は目を見張った。そうだった。忘れてた。手を伸ばし小さな形のいい頭をかき混ぜ、さらにその体を抱き寄せた。
「本当に怪我してないのか?」
「してやせんよ。近藤さんこそ大丈夫ですかィ」
「総悟のおかげでな」
 力を込めても痛がる素振り一つ見せない。本当に怪我はしていないらしい。体を放しもう一度グシャグシャとやると、沖田が困ったように眉を落とし乱れた髪に手を当てた。誰がどうとかではない、重要なのは沖田自身がどう感じているかだ。それを忘れていた。冬の夜空のように気持ちは澄んでいた。攘夷浪士の捕縛・搬送も一通り終わり、今井の捜索に回る人間の数が増えている。
「信女ちゃん無事かな……」
「さァ、無事なんじゃねぇですかィ」
 気のない返事に近藤は苦笑した。

─終─



   あとがき

 沖田さんは優先事項が揺るがないので道を踏み外したりはしなそうです。近藤さんがいれば!という42巻の感想文でした。