責任の所在

「お前は知らないだろうけど、幕臣時代のあの人は本当に格好よかったんだ」
 臭みばかりが強い安酒を呷り、酔いに任せて近藤が漏らす。
「友達面してよ。少なからず思うところとかないわけ」
「本人が何も言わねぇのにそりゃ失礼だろ」
 坂田の言に近藤が苦々しく眉をひそめた。
「随分いい場所に立ってんだな」
 皮肉めいた口ぶりは似合っておらず、言わずにはいられなかった近藤の心情を慮る。近藤の言いたいことはよくわかる。
 コップの酒を飲みほして、千円札を数枚置いて屋台を後にする。背後で酔っ払いの声が覆いかぶさってきたが坂田は振り返らなかった。


 蒸し暑い月夜の晩だ。夜の公園に人の姿はなく、代わりにスズムシが鳴いていた。そこは公園の隅にある。遊具から一番離れた場所。外灯の明かりも届かず、古びたベンチだけが近くにある。
「はーせがーわさん」
 酔っ払いの真似は得意だ。
「帰んの面倒だから泊まらせて」
「銀さん?」
 寝ていた長谷川が起きて真っ先にサングラスをかけたことに坂田はちょっと笑った。家という名目の長谷川の住居は段ボールの箱だった。文字通り、箱。床と四方の壁だけがあって屋根がない。大人の男二人がギリギリ横になれるかどうかの広さに、まぁ大丈夫だろうと横暴に考えて坂田は片足を突っ込んだ。靴を脱ぐのはマナーだろう、家なんだから。
「ちょっ、銀さ……ムリムリムリムリィィィ!入んないからァァァ!」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと詰めてくれたら入る」
「寝るならそこのベンチで寝て!」
 たわむ段ボール箱の中をぎゅうぎゅうと押し合いへし合い、無理矢理に体を落ち着ける。仰向けにはなれないが横を向けば何とか納まる。長谷川も諦めたのかこれ以上文句を言ってこない。背中に相手の呼吸の感触と体温が伝わってくる。
「銀さんさぁ、もう少し気楽に生きたら?」
 不意に投げられた言葉に心臓がはねた。
「自分で言うのもなんだけど、俺相当ちゃらんぽらんにやってね?そんなん初めて言われたわー」
「ならいいけど」
 長谷川があっさり引いてくれてホッとする。酔っ払った真似は忘れていた。目を閉じると、いつの間にか虫の音がやんでいることに気が付く。茂みから近藤が現れるのと、坂田が起き上がるのがほぼ同時であった。長谷川の悲鳴が夜の公園に響き渡った。
「長谷川さーん、酔っちゃったから泊めてー」
 俺です俺です、と不審者ではないアピールをする近藤に、坂田は不審な目を向けてやる。
「お前なんで来てんだよ」
「友達だからですぅ。友達だから友達んちに泊まりに来たんですぅ」
「なんで茂みから……」
「勝手にくんなよ。普通に迷惑だろ、こんな時間に」
「いや、銀さんのことも迷惑してるからね」
「俺明日も早いから寝ないと」
 長谷川の段ボール住居はすでにぎゅうぎゅうである。にもかかわらず更にぐいぐい来ようとする近藤に、坂田も長谷川もさすがに声がでかくなる。
「ヤメテェェェ壊れちゃうぅぅぅぅ」
「どう考えても無理だろ!無理だから!おめーの席ねぇから!」
「そういうのよくないぞ。いじめカッコワルイ」
 その時だった。繰り広げられる水際の攻防に、たわみにたわんだ段ボールの壁が音もなく倒壊した。見事なものであった。緊張の糸が途切れるように、四面が全く同時に倒れる様は花のほころびを思わせた。バラエティーであれば三点のカメラが捕らえた一瞬を繰り返し、更にスローモーションにしてリプレイしたことだろう。
「じゃ、寝ます」
「おやすみ」
 呆然とする長谷川をよそに、いち早く復旧した坂田と近藤はそそくさと寝る体勢を整えた。天井だけでなく壁もなくなった長谷川宅は、床面積は広がった。
「えっなに、酷くない?」
「また持ってきてやっから」
「ちゃんと元通り建てるよ」
 どこか釈然としない様子であったが、両脇の男たちは寝始めたし、長谷川も渋々横になる。床面積は広がったとはいえ狭いことには変わらない。坂田と近藤が段ボールからはみ出ないよう内側に寄ろうとするから、真ん中の長谷川は寝苦しそうに呻いた。
「暑い……」
「寒いよりマシだろ」
 残暑厳しい秋の一夜のことであった。

─終─



   あとがき

 初めてダンボールのお家を書きました。誰のせいにもしない長谷川さんは本当に格好いい人だと思います。近藤さんは入管時代を知ってる設定。