俺の言動に対しトシが苛立ちを見せることがある。対峙していて明らかに機嫌の変化を感じるのに、当の本人はそんなことはないかのように何も言わずふるまうのだ。俺はそれが気に食わない。いや、気に食わないんじゃなく、由々しきことだと思っている。不満を腹に溜めこんだまま長く付き合えるわけがない。俺は気心の知れた友人だからという理由だけでトシを副長に選んだのではない。トシとなら本音で向かい合い、互いの未熟さも補い高めあえると思ったからこそ、副長を任せたのだ。それなのに……俺とトシは友のままであったほうがいい関係でいられたのだろうか。
それに対して山崎は、原因がわかるなら局長がそれを改めればいいじゃないですか、と返した。しょぼくれた近藤が泣きついてくる。冗談言ってもイラッとされるんだよぉ。ならもう直接副長に聞いたらどうですか。
近藤とそんなやり取りがあったので、土方の荒立った声が屯所に響いたとき、山崎は真っ先に駆け付けた。局長の執務室の襖をわずかに開け、そっと中をうかがう。土方が胡坐を組んだ足をイライラと揺らし、その傍らでは立ったままの近藤が憮然とした表情で土方を見下ろしていた。これはきっと山崎のアドバイス通りに近藤が問うたのだろう。緊迫した空気に山崎は唾液を飲み込んだ。下手したら真選組存亡に関わると、責任の一端を感じた山崎は、状況次第ではいつでも中に入れるよう腰を浮かせた。いつの間にか周囲に他の隊士たちが集まり始めていた。心配そうにしている者もいれば、ただの野次馬もいる。それでも皆一様に近藤と土方のやり取りを注視しているのには変わらなかった。
「本当にないのか」
近藤の口調は重々しく、対する土方も苛立ちを隠さないようになってきている。呼吸をするのもはばかられる。野次馬に来ていたものも緊張した面持ちで二人の動向を見守っていた。
「別にねぇって言ってるだろ。行くならさっさと行けよ。用事あんだろ」
「またそういう……。明らかに機嫌悪くなってるじゃねぇか。それなのになにも言わないって、腹ン中でドロドロしてるみたいで正直気分悪い」
土方が荒い溜め息を吐いた。そこまで言うなら言わしてもらおう、と土方は立ち上がった。もとよりきつい眼光が一段と鋭くなる。
「あんた、局長としてやってく気、本当にあんのか」
ようやく洩らした本音に近藤は口を挟まず、土方の出方をじっと待った。握りしめた土方の拳が震えている。腹を明かす覚悟を決めた土方の叫びが悲痛に満ちていた。
「毎晩毎晩遊び歩いてばっかじゃねぇか。上京したての大学生か!」
さすがに黙っていられなかったのか、近藤も反論する。
「似たようなもんだろ!俺だってこっちにいるダチとも久しぶりに会いたいし」
「一か月以上ほぼ毎晩て、こっちのダチ何人いんだよっ」
「だってよぉ“紹介したい”て言われりゃまた会うだろ?そうだトシも来いよ」
「やだよ。行かねぇよ。絶対行かねぇ」
「えー。“俺の副長”て紹介したいのに」
「あんた紹介したっきり、俺のことほったらかしじゃねぇか!」
「だって俺の友達とも交流を……」
「ストレスだろうが!他みんな友達同士の中に俺一人まぎれてんだぞ。なんで連れてきたんだよって空気になんだろうが!」
「友達の彼女とかもいるから大丈夫だって」
「よしわかった、いいよ行ってやるよ。その代り、俺の彼女を口説いたなんだもめてもしらねぇからな」
「トシそんなことやっちゃダメだろ!」
「しねぇよ!しねぇのになるんだよ!」
山崎は静かに襖を閉めた。襖の向こうで未だ二人の言い争いは続いていたが、なんかもう、聞かなくていいかな、な気分であった。とりあえず真選組がなくなったりはしなさそうである。最悪の事態にはならずに済んだのに、この疲労感はいったいなんだろうか。
「ただの痴話ゲンカか」
山崎の頭上から原田の声が降ってくる。目が合うと「なぁ」と頷かれ、山崎も力なく頷き返した。
「土方死んでくれねぇかな」
沖田がサディスティックな笑みも浮かべず真顔で言ったことに、山崎は一番恐怖した。真選組の崩壊よりなにより、自分が退職届を出すほうが先かもしれない。
─終─