嗅ぎなれた煙草の匂いに近藤は目を覚ました。
芝桜の描かれた襖が開き、小男が現れる。この男は知っている。時々食事を持ってくる男だ。部屋に入る男の後ろにもう一人、男が立っていた。この男も知っている。
小男が布団を持っていたので部屋の隅に移動する。よれよれの布団を畳み、持ってきた布団を敷き、真っ白な敷布をぱっと広げた。
黙々と働く男の作業をぼんやり眺めていると、横から伸びてきた手が顎を撫で、上向かせた。一緒に入ってきた男が見下ろしている。包帯に覆われていない右目の奥が光る。純粋で獰猛で黒曜石のようだと思ったとき、顔が近づいてきて唇が重なった。煙と香と血の匂いがする。薄く開いた唇に軽く触れるだけで離れてゆく、いつもと違う口付けに目を開けると、片方だけの目が笑っているように見えた。
「少し出てくる」
その言葉に素直に頷くと今度は男の口角が笑んだ。手が軽く頭に触れてくる。世話係の小男はすでにいない。髪をすくように撫でる手は男の目とは反対に柔らかい。もっとずっと撫でてもらいたくて、じっと顔を見つめると男が顔をしかめた。一瞬右目がぎらりと舌なめずりするのが見えた。
「大人しく待ってな」
すぐに戻る、と耳元に流し込み、隻眼の男は部屋を出た。また一人になってしまった。中央に敷かれた布団のところへ行き、ぱたりと倒れこむ。太陽と洗剤の匂いがする。糊の利いた敷布の感触が心地よくて頬をすり寄せた。手のひらを滑らせれば柔らかなしわが戯れる幼子のようにきゃっきゃとすり抜けていく。思い浮かぶのは先程まで自分を見据えていた男の顔だった。
新しい敷布が好きだ。
射抜かれそうな目が好きだ。
優しく撫でる手が好きだ。
日の匂いを鼻腔いっぱいに吸い込み、布団に顔を埋める。心地よさのせいか頭に紗がかかったみたいにぼんやりする。何か大切なものを忘れている気がしたが、思い出す前に近藤は考えるのをやめた。
─終─