駐輪場まできて、今日は徒歩で登校したことを思い出した。
「トシ、チャリじゃねェの?」
「あー、今朝チェーン外れて」
近藤が自転車のカゴにカバンをつっこみながら「乗るか?」と指差した。
アスファルトから離れ、焦げ付くような暑さからも開放される。遮るものがなにもない視界。どこまでも広がる水田の間を、真っ直ぐ走り続ける。
「やっぱこの時季が一番いいな」
風を受け、自転車をこぐ近藤が楽しそうに声を上げた。
「俺、一生初夏でもいいわ」
「一生は嫌だろ」
「トシはー?もし、ずっと同じ季節だとしたらなんにする?」
なんだその質問は。
「だから一生はヤだって。そんなことゆってっけど、ホントにそうなったら絶対ェ飽きるぜ。変わるからなんとかなんだよ」
「ひねくれてんなァー。トシはひねくれてる!」
「大体変わんないものなんてないしな」
「いいや、あるね、変わらないものは。愛とか!」
思わず笑ってしまった。
「おまっ、そこ笑うか!?世界中の恋する人間、敵に回してんだぞ!?」
「いやいや、そういうんじゃなくてな」
ダメだ笑いが止まらない。俺が手を置く肩を、近藤が怒らした。
「それともトシ、初めから終わること考えて好きになんのかよ」
「毎回毎回『永遠だ』とか本気で思ってそうだよな」
「思うだろ!」
青々とした稲が彼方まで水田を覆う。それを撫で付ける手のように、南風が吹き抜けてゆく。吹き抜ける風は髪をさらい、シャツの裾をはためかす。
節目節目を迎えても、なんだかんだで縁が切れないような、そんなのが一人くらいいてもいいかもな。もし『永遠』なんてことがあるとしたら、それも悪くない。
「じゃあ俺らも『一生親友』か」
「一生親友はなァ……」
なかったことにしてください!!
『親友』なんて口走った十秒前の俺を殺してやりたい。挙句、否定される始末。なかったことになるなら五千円払ってもいい。
近藤は妙に機嫌がいいから、言った本人としては深い意味はないだろうが。さっきから変な汗が止まらない。振り返ろうとした近藤が空を仰いだ。
「トシ、今ドキドキしてね?」
「あ?」
どっちかと言うと軽く気落ちしてるくらいだよ。
「俺がしてるから伝染るかと思って」
あ、ほ、か!!
瞬間、景色が回転した。アスファルトが眼前に迫る。落ちたんだと気付いた頃には地面に叩きつけられていた。離れたところからけたたましいブレーキ音が聞こえた。
むせかえる草の匂いと土の匂いに、汗の匂いが混じる。あちこちが地味に痛い。左足が田んぼにつっこんでいた。最悪だ……。
「なに落ちてんだよ」
自転車から落ち、さらに田んぼにまで落ちて。コントでも見たように笑われ、不貞腐れたいところだが、自分でもそう思うので言い返せない。立ち上がろうとして、手を差し出された。
「大丈夫か、トシ」
「……平気」
近藤の手は借りず、脛まで田んぼにつっこんだ左足を引き抜く。アスファルトに点々と泥の跡がついた。穴の開いた田んぼの一角といい、落ちたことが丸分かりだ。見下ろしてみた自分の姿はかなり情けない。
「トシはクールぶってるけど、意外に天然だよな」
「クールぶってねェから。天然じゃねェし」
泥まみれの裾を捲り上げ、裸足でスニーカーを履いた。ついでに右の裾も捲くることにする。
「きっとジジイになっても言われ続けんだぜ。天然だ、て俺に」
ほあ、と引っかかっていた魚の小骨が抜けた感じがした。
「あんたは……バカだよな」
『親友』じゃないとしたら、『悪友』ってことか?それならありえるかもしれない。
「さ、ぼさっとしてねぇで。帰るか!」
肩を叩いた近藤の力が予想外に強くて俺は顔をしかめた。方を押さえて近藤を見る。
「なぁ、なんか機嫌よくねぇか?なんかあった?」
「内緒」
にっと笑われ、唐突に気がついた。手を離したのは、触れた肩から、本当に伝わってきそうだったからだ。高鳴る鼓動が伝わって、伝染しそうだったから。
もし『親友』でも『悪友』でもないとしたら?
「トシ!」
立ち止まったままの俺を振り返る。突風が一面の稲の葉を鳴らした。
「乗らねェの?」
……なんだこれ。
空気感染?
─終─