夢見る中と外

「あれ、仕事中とは珍しい」
 局長室の襖を開けると背を向けた近藤が机に向かっていた。近付いて手元を覗き込むと、山積みの書類に目を通しながら、お世辞にも上手とはいえない字をせっせと量産している。近藤は仕事熱心なほうではあったがじっとしているのが苦手らしく、デスクワークをしている姿を見ることは滅多にない。その代わりに近藤の仕事の大半を土方や山崎辺りがやっている姿は度々見掛けた。自主的なのか押し付けられたのかは判らないが、おそらく土方は前者で山崎は後者なのだろう。まるで小学生の夏休みの宿題だ。
「どういう風の吹き回しですかィ」
 沖田が笑いながら横に腰を下ろすと、近藤が情けない顔を向けてきた。
「トシがなぁ、最低限これくらいはやれって」
 溜め息混じりに唇を尖らせる様は母親に注意された子供のようだった。土方が「最低限」と言ったのなら、近藤の前にあるのは局長として目を通しておかなければならないものなのだろう。近藤もそんなことは十分承知しているため、沖田に手伝うよう懇願してきたりはしない。
「総悟はどうしたんだ?」
「俺もその土方さんに昼寝しているところを見つかっちまいましてね。例によってまたこっぴどく叱られてきたとこでさァ」
 弱々しく肩を竦めてみせると近藤の眉尻が悲しそうに下がった。
「また怒られたのか。トシは少し厳しすぎるとこがあるからなぁ」
 よしよし、と近藤の手が慰めるように頭を撫でる。沖田が幼い頃からの癖が抜けないのか、未だに時折近藤はあやすような仕草を取る。近藤の中で沖田は幼いままでいるようだった。どんなに年月が流れようと互いの年齢は近付かないのと同じく、この関係性も離れることがない代わりに近付くことはないのだろう。
「でも勤務中に昼寝はいかんぞ。トシの気持ちも解ってやれよ」
「仕事が一息ついたところだったんでさァ。日々の生活にもメリハリは必要でしょう」
「それもそうだな」
 沖田の言葉に近藤が低く唸りながら頷く。沖田が現れてからまったく作業がはかどっていないことにも気付かず、向き合ってくれている。良く言えば人が好く、悪く言えば不器用なのだ。
「邪魔はしませんからここにいても良いですかィ」
 だからこんな申し入れにも快く応じてくれるのだろう。あっさり承諾した近藤に笑みを向ける。
「じゃあ、邪魔しちゃあいけませんから、静かにしてまさァ」
 そう言うとのそのそと近藤の背後に回り込み、背中合わせでもたれかかった。
「総悟?」
「お仕事頑張ってくだせィ」
 苦情は受け付けないと言うように、取り出したアイマスクを装着した。暗闇の向こうから名前を呼ぶ近藤の声が聞こえる。声の調子から少し困っているのが判る。悪いな、とは思うが近藤の傍はそれすら心地よくて、沖田はアイマスクの下の瞼を閉じた。背中から近藤の熱が伝わってくる。広くて暖かく、ほんの少しだけ寂しい。そんな近藤の背中を一番見てきたのは自分だと思っている。近藤の背中はいつだって深い安定感で沖田を支えてくれていた。
──他全部は誰のだって構いやせんから、この背中は俺にくだせィ。それぐらいの我儘もあんたなら聞いてくれるでしょう?

「総悟ぉー。重いー」
「……」
「総悟君?暑いんだけど……?」
「……」
「総悟?」
「……」
 もたれかかったまま本当に眠ってしまったらしく、近藤の呼びかけに何の応答もない。沖田の細い髪が近藤の首筋に当たってくすぐったい。起こさないように首だけを捻って沖田を見やると、ふざけたアイマスクをつけて寝ていた。昔は明るくないと寝られなかったのに、とふと思う。顔立ちには未だ幼い頃の面影が残っているのに、やはり人は成長している。昔のような寝顔を見られないことに少し寂しくなった。いつかこのアイマスクの下の顔を見る相手が現れるのだろう。そこまで考えてもういたっておかしくない年齢だということに気付いた。
「早いなぁ」
 いつまでも幼いままだと思っていたが、こうして近藤の背中で眠りこけることもその内なくなるのかもしれない。
──もっとずっと、そうやって甘えたり頼ったりしてくれよ。
 薄く口を開けて眠る沖田に、近藤は目を細めた。

─終─



   あとがき

 限りなく親子っぽい近藤と沖田とかも良いよなぁ。実際どのくらい長い付き合いなのか判りませんが……。当然土方さんがお母さんです。
 仕事中にこの話を思いついて、自分は近藤さんの背中が好きらしいと改めて思いました。今後も度々背中がらみの話しがありそうな、なさそうな……。そして沖田の喋り方はやっぱり厄介。後々「こりゃねぇだろ」と思ったら書き直します……。