銀さんは少なからず驚いているらしい。俺の反応に意外そうな顔を浮かべたあと、楽しい話でもないしなと一人納得したように椅子の背もたれを鳴らした。
「僕らだってあんな形で巻き込まれなかったら、長谷川さんと同じで知らずにいたと思いますよ」
黙りこんでしまった俺に、お茶の入った湯呑みを置きながら新八君がなだめる口調で言う。お茶の熱さに俺は顔を強張らせた。
「でも一ヶ月以上経ってから周りから知らされるってさァ……」
「箝口令でも敷かれてんのかもよ。あれだけ大騒ぎしたのに報道されてねェし。……あ、俺、言っちゃまずかった?」
「なにのんきに生活してたんだよ自分、て感じだよな……」
「いいじゃねェの、別に。江戸の九割以上は知らないんだから」
それでもなお、暗い溜め息を吐き続ける俺に神楽ちゃんの鉄槌が振り下ろされた。
「鬱陶しい!ウジウジしてるなら帰れヨ!鬱陶しい!知ってたところでどうなるネ。マダオにやれることなんて何一つないアル。マダオはマダオらしくマダオしてるしかないアル」
可愛い顔してなんて辛辣!……だが、正論だ。正論だからこそ余計酷なのだ。
万事屋の外付けの階段に追い出されて、手すりに手をついた。所々に見える木々が色鮮やかな緑色をしている。通りには薄着の人が目に付くようになってきた。力ない金属音を鳴らして階段を下りると、頼りない足取りで歩き始めた。今さっき知らされた事実が頭の中を占め、どこに向かっているのかすらはっきりしない。事が起きていたとき、自分が何をしていたかも思い出せないことが自己嫌悪に拍車を掛けた。恐らくきっと、だらだら自分勝手に世を儚んでたんだろう。
仲間に裏切られて殺されかけて、自分のために仲間が傷付いて、沢山の仲間が死んで……。
「あいつ、こういうのが一番堪えそうだよなァ」
立ち止まり、目に痛いまっさらな空を見上げたまさにその時、件の当事者が叫び声に俺の名前を混じらせながら降ってきた。……というか、傍の電柱から落ちてきた近藤が、うまい具合に俺を巻き込んで着地した。
「だ、大丈夫ですか!」
「大丈夫じゃなくなるから退いて……」
「すいません!」
慌てて退こうとする近藤を見上げる。今日はいつもの暑苦しそうな上着を脱いでいる。ベスト姿なんて珍しい。次いで電柱に視線を流し、再び近藤を見た。
「なにやってんの。こんなとこで」
「お妙さんは今日も麗しかったですよッ」
あぁ、はいはい。なんとなく分かった。落ちたときぶつけたのか、それが原因で落ちてきたのか、近藤の額が赤くなっている。
「お前さァ……元気?」
「元気ハツラツ!」
一週間前とも一ヶ月前ともそれ以上前とも変わらない笑顔がニッと浮かんだ。
「そうか……」
それならいいよ。赤くなった額に触れると、近藤は居心地悪そうに身じろぎした。気付かれたくないなら知らないふりをしててやる。俺にできることなんてそれくらいだ。
「長谷川さん……なんかありました?」
「なんもねぇよ」
優しく微笑んで額を撫でる。人の手には痛みを和らげる力があるとかなんとか。そんなことを思い出していた。
「他人の傷を自分に移す能力でもあればな」
「それ、欲しいですね……」
蚊の鳴く声で呟く。それでも近藤の顔は笑っていた。俺は必死に気付かないふりをしながら、近藤の額を撫で続けた。こんな単に零れそうになるのに。何で一ヶ月も気付けなかったんだ。
いたいのいたのとんでけー。
この際俺のとこでもいいから飛んでいけー。
「近藤さん」
呼ぶ声が近付いてくる。
「いい加減仕事に戻ってくれ」
制服の上着が差し出された。近藤の顔がぱっと明るくなる。隊服を着込んでいる土方の姿に、表情はさらに華やいだ。
「ちゃんと着てるな」
「そりゃ着るだろ。仕事中なんだから」
「確かにそうだ。仕事中だもなんなー。トシはぁ副長だもんな」
土方が隊服を着ているだけのことがどうしてそんなに嬉しいのか、子供みたいにはしゃいで、肩を叩いたりスカーフの形を整えたりしている。
「やっぱトシは隊服が一番似合うなぁ。な、長谷川さんもそう思うだろ」
「ああ」
口先だけの同意でも「ほら」と嬉しそうに土方に伝える。土方当人は不機嫌そうな眼差しを俺に向けてくる。睨み付けたいのは俺の方だっての。
「死なせてくれるなよ」
「言われなくても」
土方は憮然とした態度を崩さない。本当可愛くない。可愛くないが、信頼はしている。
「頼む」
深々と頭を下げた。俺にはできないから。
「……約束する」
土方の声は静かだがはっきりと聞こえた。
「ちょっと、長谷川さん……!そんなことしなくてもちゃんと俺たちが守りますよっ!な、トシ」
「……ああ。あんたら市民を守るのが俺たちの仕事なんで」
「だから安心してよ」
「うん」
顔上げてよ、と覗き込む近藤と目が合う。立てた前髪を撫で、剥き出しの額にちゅっとキスを落とした。
「えっ」
「な!」
「早く治るようにさ」
自分の額を指差し、俺は少しだけ含みを持たせて笑ってみせた。
「おまじない」
鴨だか燕だか知らないし、昔からの仲間がどれだけ傷付こうが俺は痛まないけど、お前は違うんだろ?それでお前が悲しむんならお釈迦様も聖母マリアもはるぐらいの慈悲深さで、世界の端から端全部が幸せになるよう、なんて恥ずかしいことも真顔で言えちゃったりするよ。だから──
早くよくなりますように。
早く元気になりますように。
─終─