more bitter

 自室の窓から見える門扉の影に近藤の姿を認めて、土方は転がるように階段を駆け下りた。醜態をさらす前に一拍おいて、ドアノブに手を掛けるのと同時にチャイムが鳴った。
 立っていたのは見知らぬ女学生だった。シンプルなセーラー服に赤のリボンは土方が通っている高校のものである。辺りを見回していると、少女は意を決したようにマフラーから顔を上げた。目立ちはしないが中々愛らしい顔立ちをしている。笑いかけられたら惹かれる男子生徒も少なくないだろう。
「土方先輩、すみません、突然……あの、よかったら」
 これ、とかじかんだ手で差し出された紙袋を一瞥だけして、土方は今日何度となく繰り返してきたフレーズを機械的に口にした。
「悪いけどそういうの受け取れないから」
 少女が短く息を飲んだのがわかった。何度も発しようとした言葉を飲み込み、震える声でようやく「ごめんなさい」とだけ呟いた。それ以上喋ると涙が零れてしまうようだった。逆に土方は少女のわかりの良さに好感を抱く。こっちの迷惑も鑑みず言い募ってくる女にはほとほとうんざりしている。思わず「ありがとう」と返すと、制服の上に薄いセーターを羽織っただけの肩がびくりと動いた。
「受験勉強頑張ってください」
 持っていた紙袋を抱き締め、俯いたまま深くお辞儀をすると、少女は無様をさらすまいとするようにセーラー服の襟を翻した。門の裏へと姿を消したので玄関の扉を閉めようとしたとき、塀の上からひょこっと見知った頭頂部が現れた。考えるより先に近づいていた。一歩進むごとに塀の裏側が露わになる。立ち去ったと思った少女はまだそこにいて、ぐしゃぐしゃと泣いていた。優しい言葉で慰める声が聞こえる。近藤がそのでかい身体を屈めて少女に声をかけていた。手が髪に触れた瞬間目の前が白く焼けた。
「おい」
 強引に割り入ると近藤の胸ぐらを掴み引き離した。目を丸くして土方を見上げる少女を冷ややかに見下す。先程までの好印象はすでになく、自分の見え方を計算しつくした強かな女にしか見えなかった。


「トシーチョコくおーぜー」
 自分の部屋に無理矢理引きずり込むと、土方は後ろ手に鍵をかけた。ブルゾンを脱いでいた近藤がドアの前から動かない土方を振り返る。毎年バレンタインデーは土方が大量にもらって困ったチョコを、甘いものが好きな近藤が食べる日だった。だがそれも友人同士だった去年までの話で、今年はないものと勝手に考えていた。
「さっきの……どういうつもりだよ」
「さっきの?ああ、可愛かったよなー。トシんち着いたら家の前でずっとそわそわしててなー。俺、そういうの応援したくなっちゃうんだよな」
「俺に女あてがうつもりかよ。それとも振るとこが見たかったか?言っただろ、俺はあんたがっ……」
「なんでそんな悲しい顔してんだよ。俺は女の子が好きだからトシと付き合ったりとかはないけどさ、俺とトシは親友だろ?それは変わんねぇだろ?」
 まるで自分が傷ついているかのような痛ましい顔をするくせに、土方の気持ちを爪の先程も理解してない。自分の大切な想いが相手になにも響いていないのだ。悔しくないはずはないだろう。今日一日土方がワゴンセールの品よろしく右から左へ捌いていった女たちと自分が同じだと気付いた。