頑張れ、長谷川さん

 俺は病院の廊下を意味もなくだらだらと歩いていた。何故こんなところを歩いているかというと今現在俺が入院をしているからで、何故入院をしているかというと目が覚めた時点で既に病院のベッドの上で眠っていたからだ。気がつくと全身の至る所に包帯が巻かれ、白いベッドの上に横になっていた。俺自身には身に憶えのないことだが、気を失う以前の微かな記憶をたどると、どうやら他人の騒動に巻き込まれたらしい。おそらく万事屋関係あたりだろう。あいつらにノせられてハタ王子を殴って依頼、職も定まらず、どうも良いことがない。挙句にこの怪我だ。昇るのはあんなに大変でも、落ちるのはこんなにも簡単だということを痛感する。
 そんなこんなで俺は転落人生ひた走りだった。
「なんか良いことねぇかなあ」
 あまりの虚しさに、思わず独り呟く。体の節々が痛むものの、一人で歩く分に支障はない。暇潰しにと、病院の安っぽいビニール製スリッパを引きずりながら備え付けの自動販売機へと向かった。
 まばらな人影の先に自動販売機の姿を見付けた頃、ふと視界の端に真選組の制服を捉えた。
 体張ってる公務員は大変だな。一般市民のために命捧げても「当然」だと言われるんだから。
 ぼんやりとそんなことを考えているうちにすれ違って終わり、になるはずだった。が、几帳面にも俺の耳はその男の言葉を拾ってしまった。
「近藤さん?」
 ……誰?
 そこで思わず立ち止まったのがいけなかった。真選組の制服に身を包んだ黒髪の男が怪訝そうにこちらを見ている。よく見ると瞳孔が開き気味じゃないか。こういう輩には関わらないに越したことはない。
 ソロソロと視線をそらせ、さりげなく立ち去ろうとしたときだった。瞳孔の開いた男に、唐突に肩を掴まれた。
「一週間も帰ってこねーと思ってたら入院してたのかよ」
 こんな怪我して、と吐き捨てる。どうもこの男は自分を誰かと勘違いしているようだ。
「たぶん、誰かと間違われていますよ」
 事が大きくならないよう、すこぶる穏やかに言ったら思い切り睨みつけられた。
「あ゛ぁ!?」
 怖いじゃないか……。大抵のガラの悪いやつらには馴れていたが、こいつは桁が違う。警察がこんなんで良いのかと叫びたくなる。それとも警察だからこそこんなになったのだろうか。
「だからそんな変装してんのかよ。グラサン程度で俺が誤魔化せると思うんじゃねー!!」
 誤魔化すどころか本当に別人なんですけど!!
「取れよ、それ!!」
「いや、これは……」
 俺のポリシーであるグラサンだけは守らなければならなかった。これまで取られたら今までの俺の人生が意味のないものになってしまう。
 必死に拒む俺の姿が癇に障ったのか、男は苛々とタバコを取り出した。
「あんた、……俺がどんだけ心配したのか解ってんのかよ」
 口にタバコを運ぶ指が震えている。動揺しているのか、中々ライターに火が点かない。伏し目がちに感情を抑えている姿に、何故だか急に愛おしさがつのった。と同時に『近藤』への憤りが湧き上がる。