通りがかった土方が人の輪の中に引っ張り込まれる。隊士からアルミ箔に包まれた焼き芋を手渡され、沖田に絡まれ、近藤と二、三言葉を交わす。微かに近藤の表情に陰が落ちた。ドクンとひとつ、伊東の心臓が鼓動した。近藤が思い出したのだ。伊東のことを。伊東は確信する。
 止まった心臓が動くのはどうやら自分が思い出されている時だと、自然に学んでいた。何を思い出したのか、何を想って思い出したのかまではわからない。
──苦しんではいないよ。
──寒くもないし、お腹も空いてない。
──寂しくもない。
──僕は大丈夫だ。いたって元気だ。
──君が案ずることは何もない。
 画面の中の近藤はなんの憂いもなさそうにはしゃいでいる。動かない心臓が痛くなる。回数は減ったが、それでも時々心臓は確かに鼓動する。誰かが自分を思い出してくれている。その度に伊東の心臓は痛むのだ。叫ばない喉の代わりに届かない言葉を発する。
 不意に沖田が顔を上げ、画面越しに目が合った。当然テレビカメラなどない。にもかかわらず沖田は伊東たちの存在に気付いているかのように視線を合わせ、目元だけで微笑むと、さりげなく視線を外しそのまま画面から消えていった。焚き火を囲んでいた隊士たちが一人二人と減っていく。火の始末を終えた山崎もいなくなり、消えた焚き火の跡には近藤と土方が残った。近藤は幾つめかの焼き芋を頬張り、土方はその傍らで煙草をくゆらせている。ぼんやりと空を仰いでみたり時々喋ったり、指差す方向を見てみたり焚き火の跡を靴先でいじってみたりちょっと笑ってみたり。十分ほどそうしてから二人はいなくなった。誰もいない屯所の庭が映るばかりになる。
「そろそろ成仏しようか」
 リモコンでテレビを消すのと同時だった。温まったみかんを置き、伊東は篠原を見た。篠原の前にはみかんの皮が山となっている。白いスジを取った一房を口に運ばず伊東を見返す。
「……いいんですか」
「どうせお盆には帰ってくるしね」
「先生は無神論者だと思ってました」
「信仰だろうが攘夷だろうが佐幕だろうが利用できるものは利用するよ」
 篠原は僅かに笑みをこぼすと、ようやくみかんを口に運んだ。そうと決まればと、奮起して炬燵から出る。炬燵入ると出るとききついですよね、とみかんの皮をごみ箱に捨て篠原も立ち上がった。
「炬燵片づけたほうがいいですかね」
「最初からこんなもんだったし、いいんじゃないか」
「昨日布団干しといてよかった」
「どうせなら風呂のカビ取りもしておけばよかったなぁ」
「コンセント全部抜いときますね」
「ガスの元栓もな」
「なにか要りますかね。食料とか」
「そこのみかん、少しもらっていったら」
「いや、そこまでみかん好きなわけじゃ」
「ごちゃごちゃ煩いね君も」
「鍵どこでしたっけ」
「そこの棚」
「あとは……あー何か忘れてる気がする!」
「忘れておけばいいじゃないか、どうせ成仏するんだ。忘れたくないことならきっと覚えてる」
 バタバタと忙しなく行き交う二人の声が、立てつけの悪いドアの軋む音と同時に遠ざかる。部屋に残った生活の気配がゆっくりと停滞していく。あ、言い忘れてました、と施錠音に紛れて声がした。中々面白かったですよ向こうでもこっちでも、先生といられて。訪れた沈黙は決して短くはなかった。やがてまた二人の言い合いが薄い壁向こうで始まり、乱暴に鍵がかけられ、必要なくなった鍵が郵便受けに落とされる。人の気配が離れていく室内にカシャンという音だけが静かに余韻を残していた。

─終─



   あとがき

 バラガキ編を読んでたら脳内の伊東先生が騒ぎ始めた結果です。先生も篠原君も死んで色々吹っ切れてます。あと近藤さんと土方さんが並んで他愛のないことを話してるだけで満足、ていうね。