「えー俺もトシになにかやりたいなー。お返しー」
新しい財布を開けたり閉じたり撫でたり開けたりしている。黒い牛革の濡れたような光沢が厚い手のひらに撫でられしっとりと艶めく。細部まで丁寧な手仕事によって作り上げられ、シンプルだが飽きのこないデザインの財布は、持つ者を選ぶ重厚感を伴いながら近藤の手の中に納まっていた。持つ人間が持てばこんなにも品物は輝くのかと、土方は見惚れた。肩書きに囚われないところが近藤の魅力ではあるが、良い品を身に付ける近藤は物の格に食われることなくその風格を増す。土方は近藤ほど大将の器に相応しい人間を知らない。
「いいよ」
キリねェし、などと相変わらず可愛げのない言葉ばかりが口をつき、眉間には無愛想に皺が寄る。だが要らないというのも本心だった。そんな気遣いをしてもらわなくとも十分満ち足りている。きっとプレゼントされた近藤以上に幸せな気持ちでいるだろう。近藤は多少不服そうであったがすぐに納得したように笑った。
「そうか……大事にするな」
自然な流れで懐にしまう近藤の所作に、土方は初めて素直に微笑んだ。
蕎麦屋の一角で数名の隊士と昼飯を食べていた近藤が、氷水を飲み干し割り箸を置いた。
「じゃあ、ここは俺が」
「本当ですか」
「ありがとうございます」
「ごちそうさまです」
銘々礼を述べ軽く頭を下げる。気をよくしながら近藤は懐に手を伸ばした。山崎がギクリと体を強張らせる。他の隊士も一斉に視線を逸らしたのが分かった。
内ポケットから出てきたのは黒い財布だった。ここ数日で何度となく目にしている、近藤が土方からプレゼントされたという財布だ。余計なことを……!と何度心の中で叱り倒したか知れない。恐々と視界の端に近藤を映し入れると残念な予想通り、喜色満面、期待に満ち満ちた眼差しで財布を手に、一緒に昼飯を食べた仲間たちを見ていた。
隣の隊士と仕事の話をしながら原田は頑として近藤と目を合わせようとはせず、ヒラ隊士たちは授業中の学生さながらじっと俯いて動かない。沖田がいればこの均衡も打ち破ってくれるのに──とは考えない程度は山崎にもゆとりがあった。
「いい財布ですね」
諦め、山崎は話を振る。途端に近藤の表情が輝きだした。
「あ、気付いちゃった?」
キラキラと目の中に星を飛ばしながら、土方から財布をもらった経緯を事細かく語りだす。山崎が近藤の自慢のようなのろけ話を聞かされた回数は、ここ三日間ですでに両手の指では足りないほどになっている。山崎だけでなく他の隊士も被害にあっているので、近藤が話した回数は計り知れない。うちの局長は馬鹿なんじゃないかとさえ考えてしまう。それほど近藤は毎度毎度同じ話を嬉々として語るのだった。
「でもなぁトシってセンスいいから俺が持っても釣り合ってないんじゃないかと思ってなぁ」
「そんなことないですよ、よく似合ってます」
「そっか」
ありがと、と照れくさそうに笑うとようやく近藤は席を立った。
一仕事終えた山崎の肩に原田の手が労わるように添えられる。おごってもらうには高くつくとため息をつきかけて、土方の上機嫌を思い出し、それなら安いものかと思い直した。
この近藤ののろけ話は沖田が時計を贈るまで続くのだった。
─終─