不幸な幸せの相互関係

 薄暗い部屋は周囲から切り離されたかのように静まり返っていた。閉ざされた扉が室内の空気を濃く、重たいものにしている。
「どんなに安らかでも、死に顔ってのは嫌なもんだな」
 最後の一人に、名残惜しそうに白い布を掛けながら近藤は寂しそうに呟いた。部下であり仲間である隊士の死に、近藤はいつまでたっても慣れることがなかった。決して表に出そうとはしないが、精神的に堪えているのが土方にも分かる。
 布を掛け終えた近藤が膝に手を当てながら立ち上がる。そのまま部屋を後にする背中を追って土方も廊下に出たところで、先に待っていた近藤が申し訳なさそうに口を開いた。
「こんなときに悪いんだが、ちょっと出てくるな」
「別に構わねェが、あんた傷のほうは良いのかよ」
 語尾を濁す土方に近藤が力なく微笑む。
「大丈夫だ」
 その近藤の表情にバツの悪さを覚え、土方は顔を背けた。
「分かったから行ってこいよ」
 悪い、と言い残し近藤は暗い廊下を歩いていった。消えていく背中を見送って土方も私室へと戻る。
 部屋の襖を閉めた土方は、溜め息と共に煙草の煙を細く吐き出した。半ば日課となった、暴徒と化した天人の鎮圧。余程の騒ぎにならなければニュースなどにもならず、市民は何も知らぬまま平和な日々を送っている。だがニュースにならないからといって楽だとは限らない。今日はその良い例だった。
 数こそ多くはなかったが、戦闘能力に関しては相手のほうが格段に上であった。恨めしくなるほどの人種による絶対的能力の差。当然戦況は苦戦を強いられ、結果は何とか鎮圧に成功したものの、真選組の受けた被害も小さくはなかった。死者が一桁で済んだのは幸いだったのかもしれない。
 土方は再び煙を吐き出した。
 澱んだ空気が血生臭い匂いを蓄積していく。遠くから聞こえる悲痛な呻き声をかき消すように土方は勢いよく立ち上がった。この空気は気が滅入りそうだ。
 縁側に繋がる障子戸を開けたところで夏の夜特有の、熱を帯びるこもった空気には変わりないのだが、それでも時折緩く吹く風の中に少しだけ涼しさが感じられる。風に流された煙が顔を横切り、土方は目を細めた。
「総悟?」
 眼前に広がる庭の、池の前にしゃがみ込む後ろ姿があった。夜ではあったが沖田を見間違えることはない。
「てめェこんなとこで何やってんだ」
 縁側の柱に体重を預けている土方を、沖田は自分の肩越しにちらりと見やっただけですぐにまた背を向けた。その背中からわざとらしい大きな溜め息が聞こえてくる。
「土方さんこそ何の用ですかィ」
「別に用があったわけじゃねェよ」
「だったら放っておいてくだせェ」
 背を向けたままの沖田が冷たく呟いた。全く可愛げがないな、と土方は口の端を斜めにする。
 微かに聞こえる呻き声とそれよりは幾らかはっきりと聞こえる虫の音が細く空気を震わせている。夜の草木は穏やかに佇んでいて、不意に鼻先を掠める血の匂いと、隊士たちの低くかすれた声がなければ昼間の酷い光景など夢だった気さえしてくる。だが夢と思うには肢体が重い。雲に覆われた空を見て、明日は雨だろうかなどとぼんやりと考えていた。
「……近藤さんは?」
 沖田の絞り出すような問いに土方は煙草を吸い込み、吐き出した。