山崎は報告書を土方に渡すため、廊下を歩いていた。不審な動きのある会社に潜入捜査していたここ一ヶ月程度の報告だった。副長室の襖をノックする。すぐに中から返事が戻ってくる。
「失礼します」
室内は煙草の煙がもうもうと立ち込めていた。空気穴すらないのではないかと思わせる換気の悪さで、視界も悪い。その中で土方は机に向かっていた。
「おう、山崎か。どうした」
中央のノートパソコンを取り囲むように大量の書類とファイルが置かれ、それは机付近の畳にも及んでいた。ファイルの山の上にはさらに、煙草の吸殻が山を成している。
「報告書、まとめてきました」
「あ……あぁ」
土方はとっさに思い出せなかったようで、生返事をしながら差し出された書類を受け取った。咥え煙草で目を細める横顔には明らかに疲労の色が出ている。
「幹部の人間も殆どの行動に裏が取れましたし、完全とは言い切れませんが限りなく白に近いと思われます」
「そうか。ご苦労だったな。確か山崎は明日休みだったよな。取り敢えずはよく休めよ」
常に無愛想な土方だが、こんなときは本当に優しく微笑む。厳しいことを言うことも多いがちゃんと働いて形にすれば正当な評価もするし、ねぎらいの言葉もかけてくれる。尊敬できる人間の元で働けるのは或る意味、何よりも幸福なことだと思う。
「この件は、これからどうしましょうか。白に近いとはいえ、多少でも疑わしい面が残っているのなら目を離すべきではないと思いますし……」
「そうだな。これからは気がついたときに俺が見ていくから、次からは他の仕事に当たってくれ」
言いながら土方は、捲っていた報告書を閉じると紙の山に乗せた。これでまたひとつ、土方の仕事が増えたことになる。
「あの、ちゃんと寝てますか」
差し出がましいことだと思ったが、山崎は口に出さずにはいられなかった。口を挟まなければ何処までも無理をしていくだろう。
「暇みてはこまめに寝てっから、案外寝てるさ」
「それじゃ疲れが溜まる一方ですよ。偶には休暇でも取ってゆっくりしたらどうですか」
「ゆっくりしようにもこう忙しくちゃなァ。皆、立派な思想をお持ちのようで、一向に仕事が減らねェな」
冗談めかしながら土方は再びパソコンの前に向き直った。
「副長は、どんな思想を持って動いているんですか」
「んー、俺は思想なんて持ち合わせてねェよ。近藤さんの思想が俺の思想だからな」
既に意識は作業に行っているらしく、キーボードを叩きながら上の空で土方は言った。咥え煙草が動くたびに、山崎の胸の底にジリッと焦げ跡を付けていく。
「本当にないんですか。誰だって少しはあると思いますが……」
「要らねェだろ」
煙を燻らせながら土方が口の端だけで笑った。遠くから土方の名前を呼ぶ声がする。声と共に足音が一直線に向かってくる。
「トシぃ!」
豪快に開け放たれた襖の先から半泣きの近藤が土方に駆け寄った。開けっ放しの襖から部屋の中の煙が流れ出ていく。
「トシぃィ」
「どうしたんだよ」
急に土方の声音が変わった気がした。土方は近藤を見やりながら山盛りの灰皿で器用に煙草を揉み消している。
「お妙さんが知らない男と歩いてたんだよ!」
彼氏なのかとうろたえる近藤に土方が、違うだろうと告げる。
「店の客かなんかじゃねェのか」
「……そうか」
「そうだろ」
二人のやり取りを見ながら、土方の何が違うのだろうと、山崎は考えていた。喋り方も声の調子も表情も眼差しもいつもと変わりないのに、近藤に向けられるそれらはなんだか柔らかい気がする。