「──そんなことよりトシ、顔色悪いぞ。ちゃんと寝てるか?しっかり食って、しっかり寝ないと。体壊しちゃ元も子もないからな」
今頃になってそんなことを言い出す近藤に山崎は軽い苛立ちを覚えるのだが、そんなことでも土方は嬉しそうに近藤を見ている。それがまた山崎の苛立ちを増長させることになる。
「明日でも、いつでもいいから休み取れって」
「いいよ、近藤さん。仕事も溜まってるし、ひとりで休み取ったって退屈なだけだ」
「そうか?……じゃあ俺も取る!これでいいだろ!」
「局長副長の両方が休んだら都合悪いだろ」
「隊士皆で慰安旅行に行くってのはどうだ?」
ふぅと息を吐くように土方が笑う。
「仕事が溜まっているからそれも無理だな」
土方にことごとく却下され、近藤が腕を組んで頭を捻る。
「結局は俺がトシの仕事を手伝えばいいんだな。目処が立ったら総悟とでも休めばいいさ」
「そいつはありがたいな」
「ちょっと待ってくださいよ!」
土方越しに仕事の山をあさろうとしている近藤を山崎は制止させた。
「山崎ィ久しぶり」
「なんだ……まだいたのか」
二人の反応はなんとなく予想していた。近藤が現れてからの土方は不自然なまでに視野が狭くなっているし、近藤は近藤で土方に会うためだけにこの部屋に来ている。初めから山崎は邪魔なのだろうと自覚していた。だからってそれをすんなり受け入れるのも癪だ。
「俺も何か仕事、手伝いますよ!」
来るときに持っていた報告書に替わり、新たな書類を手に土方の部屋を後にした山崎は、その先の人影に気付きぎょっとして立ち竦んだ。数メートル先の壁に沖田が左半身を預ける形で立っている。沖田は相手が自分を認識したことを知り、へらりと笑った。
「ちょいと良いかィ」
思わず山崎の表情が険しくなる。嫌な予感がした。
「すみませんが、今忙しいんで」
足早に通り過ぎようとする山崎の歩みを遮るように沖田は肩に手を置くと、「ソレ」と書類を指差した。
「土方さんから無理矢理奪い取った仕事だろィ」
「それがなんですか」
「どういうつもりかと思ってねェ」
口元だけで笑う沖田を見て、きっとこの人は全て気付いているのだろうと、山崎は悟った。それこそどういうつもりなのかと沖田を見やる。当の沖田は山崎の視線を無視して土方の部屋のほうを見ていた。
「近藤さんと土方さんは二人でいるのが一番自然だと思わねェかい」
独り言にも見えたが、沖田はゆっくりと顔を向けると微笑んだ。
「確かに今はそうですね。局長と副長ですし」
「俺はねェ、あの二人が他の人間と一緒にいるのが嫌なんでさァ。許せねェと言っても良い。誰かが二人の周りをちょろちょろするのも、間に割り込もうとするのも目障りで仕様がねェ」
「そんなことを話すために呼び止めたんですか?」
「忠告でさァ」
沖田の細い指が佩刀の上を、輪郭をなぞるように滑る。そのまま顎を引いて微笑んだ。
「平和だと真選組が、いつ不幸が起きても不思議じゃない危険な職場だって忘れがちだろう?山崎君が死んじまったりしたら、皆悲しいからねェ。気をつけて欲しいんでさァ」
「ひょっとして沖田さん、近藤局長が女性にことごとくフラれる原因とか知ってるんじゃないですか?」
山崎は挑戦的に笑って見せた。だが顔の筋肉が強張ってその表情はぎこちない。
「あんなに互いを想いやってるなんて美しいと思わねェかい。でも皆上っ面しか見えてねェから、それがどんなに凄いことか知らねェんでさァ。きっと本人だって気付いちゃいねェ」
寒気がした。
この男はオカシイ。そう感じた。沖田だけではない。近藤も土方も普通ではない。
「……行き過ぎたそれらは異常だ」
吐き捨てた言葉は喉が震えて上手く発音できなかった。
「今、あんたの……あんたたちの異常さが解ったよ」
「ああ、やっぱり何にも解っちゃいねェ」
心底嬉しいというように沖田が笑った。
「異常なのは俺だけでさァ」
─終─