近藤の呆れ声に笑いが混じる。表情も緩んで、手遊びするようにメニューをめくりだす。そんな近藤を見てるうちになんだかふんわりした気分になってきた。自分はこんなに酒に弱かっただろうか。
「お前が友達として大事にしたいって言うなら、それはそれでいいんじゃねぇの」
 聞こえなかったふりして近藤はメニューを眺めているが、小刻みに震える唇をぎゅっと噛んでいるのがわかった。これはたぶん、近藤が言ってもらいたかった言葉だろう。そしてきっと坂田にとっても都合のいい言葉だ。
 近藤の赤い耳たぶを引っ張って、口を寄せる。内緒話をするみたいに声を潜めて耳打ちする。
「近藤のこと好きになっちゃったから、付き合ってよ」
 つまんだ耳が熱くなる。飛び退くように体が離れ、真っ赤になった顔が坂田を見た。
「とか。誰か言ってくれるかもよ」
 坂田の冗談とわかるジェスチャーに軽口で、近藤は露骨に安堵の笑みを浮かべる。
「マジで」
「妄想の自由は誰にでもあっから」
「ひどっ!」
 それでも紅潮する頬は引く様子がない。
「なんでそんな顔赤いの」
「あ、赤くない!」
 大げさに反発する近藤に、坂田の口元が緩む。
「かわい」
「は?」
 唐突のことに半笑いで固まった近藤を見て、己の失言に気がついた。やにわに顔が熱くなる。
「……悪い、口が滑った。忘れて」
「もしや俺に惚れた?」
「それだけはないわぁ」
 笑い事に持っていこうとしたが完全に失敗だった。白々しい笑いが二人の間に流れる。気まずさに耐えかねて、坂田はイスを引くと土方の携帯を手渡した。
「お前から返しといて」
 予想してなかったのか、近藤が携帯と坂田の顔を見比べる。
「弱味とか言うからもっと面白がられて嘲笑われるのかと思った」
「お前の中の俺ってどんなイメージなんだよ。一人で飯食うのって味気ねぇの。来なくてもメール消すつもりだったし」
 もう削除されてるし、という言葉は飲み込む。
「話聞いてたら、ぶっちゃけちょっとイライラしてきたけど」
「そういうこと本人に向かって言わない!」
「でもまぁ、意外と楽しかったかな。また機会があったら次は一杯くらい飲んでよ」
 結局ビールは手付かずのまま、発泡もしない琥珀色の液体になっている。憐れな温ビールの姿に近藤が少し申し訳なさそうになる。店員を呼びとめ会計を済ませていると、渡した携帯がテーブルに置かれた。
「やっぱ先生が返してくれよ。俺だと余計なとこも見ちゃいそうだし……」
「いいのかぁ?ひょっとしたらあのメール消さないかもよ?」
 携帯を手に取り意地悪く笑うと、また少し耳の辺りに赤みが差す。
「もう知られてもいいかな、て気になってきた。悪戯だったけど答えたのは俺だから。もし消されなくても責められねェよ」
 ゆっくりと告げる言葉には、諦めや覚悟よりも期待が滲んでいる気がして、思わず坂田は語気を強めた。
「消すよ。絶対消しとく。なんだったら携帯壊そうか」
 「トシのだから!」と笑う近藤に、どうせ土方のだし、と坂田は思う。半ば本気でこのままビールジョッキに浸してやろうかと考えていた。

─終─



   あとがき

 人の携帯は見ちゃいけないよね、ていう。居酒屋が書けて満足です。もう一本くらい書くと『晴れ模様』と繋がりそうな感じもしますが、昔書いた話を見るのは堪えるので確認してません。