「あーやべぇ緊張する」
シルバーグレーのロングタキシードに身を包んだ近藤がウロウロと所在なさげに歩き回っている。新郎控え室に備え付けられたソファと肘掛け椅子にそれぞれ腰掛け、沖田と土方は檻の中の熊よろしく動き回る新郎を眺めていた。
「どうしよお腹痛くなってきたかも……帰りたい……これがマリッジブルー?」
「ちったぁ落ち着けよ近藤さん。んなこと言っても嫁さんの花嫁姿見たらコロッと変わんだろ」
「!だよな!ウェディングドレス絶対綺麗だよなぁー。どうしよう泣きそう。すでに泣きそう。ヴァージンロード歩いてる姿とか絶対泣く。やばい。ど、どうしよう……練習しようか、トシ、総悟、お嫁さん役とお義父さん役やって」
「練習したってどうなるもんでもないでしょうや。それよりその髭剃ったほうがまだ意義があんじゃねぇんですかィ」
「そうそう、若作りしとけよ。相手、十二も下だろ」
沖田の軽口に土方も乗る。
「これはいいの!俺の男らしさに惚れたんだからな!」
近藤がニカッと白い歯を見せた。
大安吉日雲ひとつない日本晴れ。本日はお日柄もよく、新婦は人柄家柄申し分なし。新郎は真選組局長として仲間から慕われ市民から慕われ、きっとこれからはよき夫よき父として家庭を守ってくれることでしょう。新郎新婦の新たな門出に、今日のよき日に、乾杯!
土方が沖田を見たのがわかったが、沖田は気付かないふりをした。土方が椅子から立ち上がった。
「あー……俺ちょっとタバコ吸いに出てくるわ」
「別にここで吸えばいいのに」
「新郎をタバコ臭くさせるわけにはいかねぇだろ」
ドアが閉まり、二人きりになった部屋に心なしか微妙な空気が漂う。
「律儀なヤツだなぁ」
「土方さんですからねぃ」
「違ぃねえ」と近藤は笑った。
「次はトシかなー」
手にした白手袋をくるくる回しながら近藤がゆっくりと歩いている。
「そいで総悟な。総悟になら俺のかわいいかわいい娘をお嫁に出してもいい……!」
「まだ生まれてもねェのに」
軽い笑いが途切れたところでひとつ息を呑み、沖田は切り出した。
「近藤さん」
「なんだ?」
近藤が足を止め沖田に視線を向ける。室内は静まり返り、沖田の次の語を待っていた。沖田は特別姿勢を正すこともせず、乾いた空気を吸い込んだ。
「俺、真選組辞めます」
先ほど聞き返したときの表情のまま近藤は硬直していた。信じる信じない以前に、そのような選択肢は端から頭になかったのだ。察して沖田は続ける。
「惚れた女が身ごもりやしてね、そいつが父親なんだから危ない真似はしてくれるなと言ってくるもんだから、俺が父親なんざ似合わねェが、それくらいの願いは叶えてやりたくなったんでさぁ」
「嘘だ」
遮るように吐き捨て近藤は視線を逸らした。
「なぜです?」
沖田の問いに近藤が言い淀む。ソファから腰を浮かし、一歩一歩近藤へ近づいていく。急速に追い詰めるようなことはしない。近藤の葛藤を味わいながら少しずつ距離を縮める。