まだ慣れぬ江戸の界隈を歩きながら、土方は腰に下がる刀にそっと手をやった。
この数日で事態はめまぐるしく展開した。江戸に上がったものの当てがはずれ浮浪者と化した近藤一門だったが、警察庁長官松平片栗虎の目に留まり幕府に取り立てられたのが一ヶ月前。その一週間後に屯所が決まり、正式に真選組の名をもらい揃いの隊服が仕上がったのは二日前だ。全員に支度金として、大きい額ではないが支給もされた。程度は違えど皆刀を揃えるのに遣っており、当然土方も支給された金の全てを、大小を買うのに充てた。業物とまではいかないが、これまで持っていたナマクラとは格段に違う。
隊服に身を包み刀を差すようになったが、髷だけは未だにそのままだった。
はたと土方は足を止めた。気配を窺うように周囲を探り、路地裏へと入る。日が落ちると辺りは瞬く間に宵闇に覆われた。堀の奥に淀んだドブ川が酷い悪臭を放っている。小路にはひと気がなく、よくよく目を凝らせば道も隅々に黒い塊があった。人間の形をしたものが生きているのか死んでいるのかもわからず横たわっていた。長引く動乱の影響でこのような掃き溜めが表通りの陰として至るところに存在する。生暖かい風が吹き抜ける。土方は再び足を止めた。
「体が傾いでるぜ、お嬢さん」
「お嬢さんにゃ腰のものは重すぎるんじゃねぇのかい」
「竹光にしとけ」
土方を取り囲む男らが、一人二人と姿を現す。こういうのも久しぶりだ、と妙に感慨深い。これからまた多くなるのだろう。刀下ろしにうってつけと、唾に左手を添える。
「知ってるよ、お前。きゃんきゃんしっぽ振って武士の身分もらった幕府の犬だろ?」
「そんなにナリや形が大事か」
「どうせ田舎の貧乏武士か農民の出だろうが」
「犬らしく尻尾巻いて逃げ出しちまいな」
結わえた髪を乱暴に掴まれる。厚い雲が空一面に広がり、土方のところまで月明かりは届いてこない。暗闇に紛れ取り囲む男たちの顔も判別できない。声からすると五、六人程度。所詮顔も名前も知れない端役ということか。言葉こそ同じだがイントネーションに訛りが混じっている。
「天人に媚びて洋装なんてしてよ」
「そのくせ髷はそのままってか。猿真似もいいとこだな」
「ああ、すまんかった。犬じゃなく猿だったか」
「てめぇらの大将、ありゃ本当に人間か?俺ァてっきり山から大猿が下りてきちまったのかと思ったよ」
「違ぇねぇ」
「猿が服着て人様の真似かい」
「滑稽な見世物よ」
下卑た笑いがどっと沸く。
雲が割れた。雲間から月明かりが差し込む。土方の声が空気を震わす。
「流行りで攘夷だなんだ騒いでる輩に言われたかねぇな」
右腕に刀の感触が重たく響いた。
「ヅラ子さん髪綺麗だね。地毛?ヅラ?」
「ヅラじゃない。桂だ」
「カツラかぁ」
近藤は作ってもらった水割りを受け取りひとくち口に含んだ。別の席では松平と、その古い友人という政治家の男とが年甲斐もなくはしゃいでいる。羽目を外すおっさん二人に笑顔で対応するホステスたちの姿はプロフェッショナルの名に相応しい。場所が俗に言うオカマバーなのは先方の要望だった。一応接待の名目なのだが相手が松平の友人とあってか、雰囲気はかなりゆるい。近藤についたのはヅラ子という、切れ長の目元が妖艶な黒髪の美人だった。