「やっぱり長いと面倒だよなぁ。俺も昔髷してたから。女の人が長い髪ばっさり切るのは凄い決断だって聞くけど本当?」
艶めく髪に触れたくなる。赤い唇が笑みを作った。
「侍が髷を落とすことこそ余程のことだろう。近藤殿にも並々ならぬ思いがあったのじゃないのか?」
小首を傾げるような仕草に細い髪がさらりと流れた。
あの光景が重なる。今でも心に焼き付いているあの光景。忘れたことはない。
人山に立つ黒い後ろ姿。太刀を追い髪が揺れる。最後の一人が倒れていく。刀は止まらず、そのまま流れるように束ねた髪の根元に添えられた。髪の動きが止まる。月明かりを反射し、刀が白く浮かぶ。音もなく髪は解かれた。
ゆるい風がさらう短い髪に少しだけ感じたのは、剣を振るうたびに描かれる結わった黒髪の流線が見られなくなる名残惜しさだった。
「なんだよぉ近藤君来ないのぉ?」
「申し訳ありません。久しぶりに松平長官と二人、親交を深めてらしてください」
「いまさらこいつと深める親睦なんてねェよお」
「そりゃ俺の台詞だ!」
ばか笑いのタクシーを見送り近藤は時計に目を落とした。二時を少し過ぎている。小さく息をつくと空を見上げた。ネオンの明かりとビルの隙間にべったりと塗りつぶしたような黒が見える。近藤のすぐ脇にパトカーが停車した。運転席の窓が開き土方が顔を見せる。
「悪かったな、わざわざこんな時間に」
「いや。ちょうど起きてたから」
サイドブレーキを引く土方のワイシャツはよれよれで、確かにまだ起きていたようだった。起きて仕事をしていたのだろう。それにしても、と土方が意味ありげに店のネオンに視線をやる。
「趣旨替えか?」
煌々と輝く『かまっ娘倶楽部』の文字。
「ち、違いますー!これは先方がだな……」
「見境なしかよ」
ニヤニヤ笑う土方の視線が、近藤の後方を捉えた途端、鋭く切り替わった。視線はそのままに「おい」と声を落とす。
「あれ桂じゃねぇか?」
かまっ娘倶楽部の路地付近に二人の人物が見えた。女物の派手な着物の柄。それとネオンに艶めく長い黒髪。ああ、と近藤は内心嘆息した。横の銀髪の女も店内で見かけている。
「別人じゃないのか?暗いし見間違えてんだよ」
「それならそれで問題はねぇ」
土方がドアを開けようとするのを近藤は押さえつけた。不審そうな眼差しが近藤に刺さる。
「やつが今、なにかしたわけじゃないだろ?」
銀髪の女が引き止めるように黒髪の女の腕を捕らえる。声までは聞こえないが、二人がもめているらしいことはわかる。振りほどこうと身を捩るたびに長い髪は揺れ、視線を誘う。小競り合いは五分ほど続き、やがて連れ立って店に戻っていった。
「納得いかねぇな」
助手席に乗り込んだ近藤に土方が憤りを露にする。シートベルトをする手を止め土方の横顔を見る。
「店で桂となんかあったろ。じゃなきゃ止める理由がねぇ」
「桂じゃないかもしれないだろ」
「だからそれは確認すれば済むことで、見逃す理由にはなんねェよ」
ハンドルのふちを爪で叩きながら、鼻を鳴らした。
「桂を捕まえられりゃ真選組の価値も一層高まるってのに」
「仕事熱心だな、お前は」
土方の髪に手を伸ばし毛先をいじる。身を乗り出すと短い黒髪に鼻をうずめた。タバコの匂いが鼻腔をくすぐる。
「早く二人きりになりたかったから、じゃ理由にならねぇ?」
土方の体が強張ったのがわかった。髪が近藤の鼻先で小さく揺れている。短い沈黙の後、強引に近藤を引き離した。
「なんねぇよ」
そういって乱暴に発進させる土方の横顔に、近藤は微笑んだ。
─終─