恋愛ソングなんかクソ食らえ

 いつもの屋台に見慣れた背中を見つけ、自然と歩も速くなる。長谷川さんと知り合ったのは割合最近だが何かと縁があり、結構気が合うんじゃないかと近藤は密かに思っていた。大概はその隣に万事屋が座っているのだが、今日は姿がないことに大して疑問にも思わず、いそいそと空いている横に腰掛ける。
「おっちゃん、いつものね」
 屋台の親父に告げると、長谷川さんが首をさすりながら近藤を見上げてきた。既にだいぶ飲んでいるのか人の顔を識別するように暫く見続けられ、少々こそばゆくなる。いつから飲んでいるのか分からないがまだ宵の口だ。いつになくピッチが速いか、昼真っから飲んでいたことになる。
「また来たのかぁ」
「来ちゃいました」
「ダメだよーこんなおっさんとばっかり飲んでたらマダオになっちゃうよ」
「俺の相手しくれるの長谷川さんくらいなんだもん」
 狭いカウンターにコップ酒とおでんの数点盛りを置かれ割り箸を手にする。
「今日は万事屋と一緒じゃないんだ」
 箸で切れ目を入れるとしみしみ大根からおでんのつゆがあふれ出す。深い意味もなかったのだが、長谷川さんが左手で首の辺りをかきながら少し困ったような悲しいような顔で笑ったのが引っかかった。そういえばさっきも同じところを触っていたのを思い出す。たぶん無意識のことだろう。
「忙しいんじゃないの」
 長谷川さんが一息でコップの酒を飲み干すとすぐさま注ぎ足していた。こんな雑な飲み方をする人じゃないはずだ。なんだろうこの嫌な気分。胸騒ぎにも似てるが少し違う。
「……万事屋となんかあった?」
「ないよ」
 無意識に立ち上がっていた。一度も口を付けていないコップを見ながら、聞かれてもいないのに答えた。
「万事屋のとこに──」
 長谷川さんの手がそれを拒んだ。
「いい、行くな。銀さんは悪くねェから。俺がちょっと……青臭いマネしちまっただけだから。な、座れ?」
 そんな切実に言われたらしゃにむに突っ走ることも出来やしない。促されるまま腰を下ろし、促されるまま酒に口を付けた。
「近藤君結婚は?結婚したら嫁さん大事にしてやれよォ。まめに“ありがとう”て言ってな。“愛してる”はー偶にでいいか。急に一人になるとホント──」
「俺、たぶん長谷川さんのこと好きです」
「なんでたぶん?」
 まさか間髪いれずにそんな返しがくるとは思わなかった。近藤的には中々思い切ったつもりだったのだが、しどろもどろと弁明する。
「俺も男相手にこんな風に思ったことないから、その……」
 長谷川さんが笑い出した。楽しそうだが、悲しそうな笑い声だった。
「じゃあ根本を疑えって」
 憐憫だろそれは。と長谷川さんは自嘲気味に笑う。そう言われてしまえば否定する術もないが、疑うより信じろが近藤の信条である。同情なんかじゃないと思う。
「長谷川さんは万事屋が好きなんだね」
「やめろって気色悪い」
 半分も食べてないおでんを少しずつ減らしていく。
「強いて言や同情よ。俺が銀さんに同情したんだ」
 だとしたら奥さんで占められていたところに入り込んだ同情だ。どれほど深い思いなのだろう。
 その日から近藤は毎日長谷川さんの姿を捜すようになった。長谷川さんは殆ど毎日同じ屋台にいて、空いている隣に腰掛けるのが通例になってきている。本日もまた馴染みの暖簾をくぐった。
「今日も愛を囁きに来ましたヨ」
「暇だねェ」
「長谷川さんはまだ万事屋のことが好きかァ。ショックだなァ」
「そういうこと言って恥ずかしくなんない?」
「恥ずかしくない」
 呆れつつも相手をしてくれる。近藤を拒めないほど長谷川という人間は人恋しい人なのかもしれない。だからこそ笑ってくれれば嬉しくなるし辛い顔は苦しくなる。
「好きですよ」
 何度言っても軽くいなさせるだけだったのに、今日は違った。「でも」と長谷川さんは続ける。
「まぁ……嬉しい……かな」
「長谷川さん!」
「う、うん!」
「好き!」
「ん」
 思わず丁度いいところにあった鼻先にキスして目いっぱい抱きついたら、無情に引き剥がされた。若干不満だが両手で顔を覆っている長谷川さんが可愛かったからすぐにどうでも良くなった。