「なんでそういうことすんのォォォ!恥ずかしい!」
「嬉しくってつい」
 カウンターに頭を乗せ、照れた長谷川さんを覗き込む。顔が締まりなく弛んでしまうが仕方ないってもんだ。
「あーすっごい嬉しい……俺今めちゃくちゃ幸せですよ」
 ぎこちなかったが長谷川さんは笑っていた。


 いつもの屋台でいつものように長谷川は飲んでいた。隣のいすはまだ空いている。あれが来るにはもう少し間がある。
 こんな自分に付きまとうとはまったく粋狂だ、と長谷川は思い出し笑いを噛み殺す。だが懐かれるのに悪い気はせず、手放しに向けられる好意に戸惑いもするが胸に暖かいものが広がるのも事実だった。でかいガキのようだと思い出しては口元をほころばせた。
 背後で人の気配がして長谷川は顔を上げた。
「なんだァ今日はちょっと早いな」
 しかし暖簾の下から覗いたのは思っていたのと別の顔だった。
「よォ……」
 間違えるはずも忘れるはずもない、数日前までは共に飲んでいた相手だ。ふわふわとした白髪に暖簾の端が乗っかっている。
「まぁその……なんだ、あれな。あれ」
 まともに目を合わせられないのか、覚えてきた台詞を思い出そうとするみたいに視線をさまよわせる。依然立ち尽くす坂田に長谷川は口を開いた。
「隣、座れば」


 足取り軽やかに近藤は屋台へと向かっていた。鼻歌もスキップもたれ流れそうになるが今は一秒でも早く到着することが肝要である。プライベートが充実してると仕事にも張り合いが出るよね!てなもんで速やかに仕事を終わらせ長谷川さんの元へと急ぐ。
 浮き足立った気持ちに陰りが生じたのはおでん屋が見え始めた頃だった。いつもなら更に浮き立つ距離が今日は違った。見間違いだろ。他の客だろ。自分の馬鹿にいい視力に難クセつけながら少しずつ近づいていく。願いとは裏腹にそれはとどめを刺す行為に他なかった。
 暖簾の隙間から万事屋の横顔が見えた。
 勢いよく暖簾をくぐりカウンターに両手をつくと、そのまま大声を張り上げた。
「おっちゃん、店で一番高い酒出してくれ!一升!」
 あいよ!とテンポよく酒瓶が登場する。瓶を持ち上げ二人の間にドンと置いた。
「餞別!」
 言うだけ言って二人の顔も見ず、入ってきたのと同じ勢いで逃げ出した。夜の大江戸を駆け抜ける。
 だっせェェェェェェ俺カッコわるゥゥゥゥゥ餞別とか言っちゃってもう……も……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!
 二駅ほど全力疾走してようやく走るのを止めた。息が上がって苦しいし冬なのに汗が吹き出てくる。そんなことより本当は涙が出てきそうなんだけどネ!
「上も向いても零れそうだよ……おっかしいなぁ……フハハハ」
 滲む照明と白い息が夜の空にたなびいている。ひょっとしたら追いかけてきてくれてるかもと淡く期待しながら振り向いてみたが、二駅全力疾走についてこれるはずもなく、知らない顔ばかりが行き交うだけだった。条件反射でトシに泣きついた。
「トシィィィ!飲もォォォ。今夜は俺に付き合ってぇぇぇ。……え?……お妙さんはそんなこと言わないから!……うん……ありがと」
 既にシャッターの下りている店の前に座り込み、なんとなく空を見上げた。
 万事屋も大概人恋しいやつで、面倒くさがりながらも面倒見がいいのはその現われだと思っている。厄介を背負い込むくせに深みにはまるのを恐れている。今回の件だってきっとそんなことなんだろう。二人の間になにがあったか知らないが、人恋しい二人が互いに傷を舐めあうように堕ちていってしまいそうで万事屋はケツまくって逃げたのだ。でもやっぱりそれは互いを必要としているってことでもあって、端から出る幕はなかったわけだ。
 たれてきた鼻水を啜り上げた。一人の寒さが身にしみる。そういえばトシにまともに場所を伝えてなかったかもと思い至った頃、後輪を流し、角を曲がってきたパトカーが凄まじいグリップ力で目の前に急停止した。
「またかよ」
 鬼の形相をしたトシが降りてくるなり舌打ちする。
「いい加減懲りろよな。あと見切り発車は止めろ。毎度毎度付き合わされる俺の身にも……なに笑ってんだよ」
「俺って幸せ者だと思ってな」
 血相変えて飛んできてくれる親友がいるんだからな。ため息をついたトシが「とりあえず鼻かんでくれ」とティッシュを差し出してくれた。

─終─



   あとがき

 39巻に衝撃を受け、どよどよしながら「とりあえずなんか一本書かんきゃじゃね!?」と急いで書いたらこんなことになりました。なんか……すいません。書いてたら、少女漫画のヒロインかってぐらいに長谷川さんがヒロインしててびびりました。自分の無意識が怖い。そしてベタ。
 基本的にみんな近藤さんとくっつけば幸せになれるんじゃないかと思ってます。