外付けの非常階段は、校舎が壁になり程よい日陰になっている。ひと気のないこともあって、天気のいい日はいつもここで昼飯を食べることにしていた。風がワイシャツの袖口を吹き抜けていく。コンクリート打ちっぱなしの階段に腰を下ろすと、ついさっき購買で買ってきたコロッケパンを取り出した。トシも俺と同じ段に座ると、膝の上で包みを解き始める。小ぶりな二段重ねの弁当が現れる。普段はトシも昼は購買のパンだが今日は珍しく弁当らしい。
「今日弁当なんだな」
何とはなしに聞いただけだったが、「あぁ……まぁ……」と意味もなく濁したトシの返答に、先週から付き合いだした彼女の手作りだとピンときた。横目でトシの弁当を見やりながら、俺もパンのラップを破る。弁当の中には色とりどりのおかずがぎゅっと詰まっていて、見るからに美味しそうだ。一生懸命『女の子らしい可愛いお弁当』を作ったのが窺える。全部が冷凍食品なしの手作りらしくて、つい自分のコロッケパンとしなくてもいい比較をしてしまう。
「トシの彼女ってさぁ、なんか頑張っちゃうコ多いよな」
「普通だろ」
「この色男!」
おかずのぎゅっと詰まった弁当は、女の子の想いもぎゅっと詰まってるわけで、トシは表情には出さないけど嬉しいんだろうなと思うと、モヤッとした気持ちになってくる。なんだか面白くない。
「そもそもぉ今俺と昼食べんのおかしくねえ?」
「なんだよ、ヤなのかよ」
そうじゃなくて。
「彼女と食べろよ」
「恥ずかしいんだと」
なんだその初々しさは!
「なんだよ、妬けるなー!」
冗談めかして大げさに嘆いてみせたが、口にした途端心と気持ちがかみ合わないみたいな歪な感覚になる。これは、ちょっとマズイ。
「俺も彼女ほしいなぁー……」
何度言ったか知れないほど、もはや口癖になっている。もぎゅもぎゅとコロッケを噛み締め、飲み込み、パックのコーヒー牛乳をすすり、二つ目の焼きそばパンに手を伸ばす。美味しそうに見えた弁当もよく見たら焦げが多かったり形が崩れていたりで、あんまり料理上手なコではなさそうだ。味のほうもあんまりなのかもしれない。それでも嬉しそうに土方は食べている。……ように俺には見える。
焼きそばパンを口に運ぶのを止め、トシに向かってパカッと口を開けた。
「ひとくち」
トシが笑いながら箸で唐揚げを摘み上げ俺の口に押し込んだ。もぐもぐと味わってみたが……唐揚げにかかった餡が甘いのに肉自体は妙にしょっぱい。そして濃い。
「なかなか……アグレッシブな味付けで」
「そう言うな」
困ったように笑うトシに胸のうちのモヤッとしたものが一層強まる。極々ささやかな羨望とか嫉妬なんてのが、モヤモヤッと燻っているみたいだ。自分に彼女がいないからって。小さい。小さいよ、俺。
「トシーぃ。どこかにいいコいない?彼女の友達とかでさー。紹介してよ」
「いねぇよ」
「ひでッ。別によくね?ちょっとぐらい俺に幸せ分けてくれても!」
「あんたに紹介したいほどの女がいねぇんだよ」
「えーなにそれ」
本当になんだよそれ。嬉しいけど。喜ぶところなんだろうけど。
「そこは俺が判断するって」
「あんた、女見る目ねぇじゃん」
「ありますー!トシよりありますー!少なくとも俺だったらマズイ弁当寄こすようなコとは付き合わねぇもん」
やっちまった、てやつだ。
トシの背中を凝視しながら、手にしたシャーペンをクルクルと親指の付け根で回す。昼休み以来、ほとんど口もきかないし目も合わないし、気まずい空気なんて話じゃなくなっている。完全に謝るタイミングを逃していた。超気まずい。
授業の内容も頭に入らず、教師の声は耳を素通りしていく。今回は百パーセント俺が悪い。俺の狭量なモヤットのせいだ。トシに彼女ができるたびにモヤモヤしなかったかと言ったら否定できないが、今回はなんだか一段とモヤモヤする。
授業の間中「謝るぞ謝るぞ」と繰り返し、チャイムと同時に勢いよく立ち上がった。
「トっ──」
呼び止めかけてその先が続かなかった。顔を上げたトシの視線の先を見てしまったからだ。教室の戸口にショートボブの女の子が立っていた。一日の授業が終わり、解放感に賑わう生徒の邪魔にならないよう、遠慮がちに教室の様子を窺っている。立ち上がったトシに、傍目でも分かるくらい女の子の顔がパッと華やいだ。可愛い。あんなアグレッシブな弁当を作るようには見えない。後ろ姿のトシの表情は分からないが、トシと話す彼女はとても嬉しそうだ。と、そのとき、トシから彼女へ渡している物が見えた。弁当だ。受け取った彼女の顔が赤らみ、そのままうつむいた。
あ、やばい。
瞬時に二人から視線をはずす。やばい、凄いモヤッとした、今。ちゃんと謝ろうと思ってたのに。だめだ、できない。
浮かした腰をストンと落とす。目の前を、鞄を担いだ総悟が通り過ぎ、その手を引きとめた。
「な、総悟一緒に帰ろう」
「別にいいけど」
突然引き止められた総悟は気のない声を出す。
別にもうこれでいいんじゃないかと思う。トシも今は彼女といるのが一番楽しいだろうし。昼だって二人で仲良く食べれりゃいい。俺は俺で楽しいし。トシがいなくても。いや違う、彼女がいなくても、だ。
「早くしないなら置いてきますぜ」
本当に置いていかれそうになり、慌てて鞄を引っつかむ。
「な、な、帰りどっか寄るよな」
「メンドクセェ」
「腹減っちゃってよー」
やけにはしゃぐ自分の声にイライラした。