こんなはずじゃなかった、てやつだ。
 今日もとてもいい天気だ。窓からの青空を眺めていると、山崎に「近藤さん」と促された。ああと思い、総悟の机に隣の席を寄せる。総悟はそのままコンビニの袋を取り出し、山崎は俺が間借りしている机の端に弁当を置きイスだけ引いてきて腰を下ろした。
「あぁ、近藤さん、今日はあんぱんなんすね」
「そう、だから今日は牛乳!」
「張り込みでもすんですかィ」
 山崎が渋いとも苦いともつかない、強いているならすっぱい顔をする。
 こんな風に総悟たちと昼飯を食べるようになって一ヶ月以上が経つ。その間トシとは“話さないわけでもないが、話すわけでもない”という距離を保っている。要するに仲直りできてないわけです。山崎なんかは表立って首突っ込んでは来ないが、言葉の端々で気にしていることが窺えた。
 トシの席に、今は他のクラスの生徒が座り歓談している。トシは昼休みに限らず休み時間は大体いない。例のアグレッシブな彼女と話していたり、一緒に帰っているところを度々目撃しているので、きっと今頃は二人であの非常階段に座って弁当を食べているんだろう。現れそうになったモヤットの気配に慌ててイメージをかき消した。長く続いてほしいと思ってる。それは間違いなく本心だ。ひとつ頷き、俺はあんぱんにかぶりつく。
「そういやさっき廊下ですれ違ったんですけど、土方さんもパンなんですね。今日」
 山崎の言葉に、パンをくわえたまま顔を上げた。
「え?」
「近藤さーん」
 自分が呼ばれたことには気付いていた。だが意識と体が動かない。横の総悟が脇腹を殴ってきた。加減なしに殴られた脇腹をさすり総悟を見ると「志村」と端的に言い切る。
「こんどーさーん」
 声の方向には教室の入り口に立った新八君が廊下を手で指し示していた。死角に誰かいるらしい。食べかけのあんぱんを置き、入り口まで行ったところで誰に呼ばれたのか理解した。ショートボブの髪が揺れ、俺を見上げた。やわらかそうな頬とは対照的に口元は硬く引き結ばれている。
 これは、なんか焦る……!
「えっ、どうしたの?」
「近藤先輩」
 そう言ってスカートのポケットに手を入れ、何か掴み出した。差し出されて反射的に受け取る。小さなイチゴのチャームがついたピンクゴールドの華奢なネックレスだった。トシからのプレゼントだろうか。思わずセーラー服の襟元から覗く細い鎖骨に揺れる、小さなイチゴを想像する。トシってば。
「これ、……土方先輩に返してくれませんか」
 俺を見る大きな瞳がまばたく。彼女を見る俺もまばたいた。
「えっ、もしかして、トシと喧嘩した?だったらさ、早いとここっちから謝ったほうがいいよ?トシ謝り下手だから。平気そうに見えても絶対気にしてるって」
 彼女の表情が険しくなった。
「喧嘩って言うか、あたしたち結構前に別れてますから」
 知らなかったのかと言わんばかりだ。“結構前”ってまだ一ヶ月しか経ってないけど!
「なん……。……トシはまだ好きだと思うよ」
「そんなこと言われても……困る……。しょうがないじゃないですか、もう好きじゃないのに。一緒にいても楽しくないし。カッコイイと思ってたけど、ちょっと変じゃないです?土方先輩って。なに考えてるか分かんない」
 目の前の少女は少し意地悪く笑う。そう簡単に割り切れるやつじゃないんだよ、トシは。クールに見えて情に厚いやつなんだ。君のマズイ弁当だってあんなに嬉しそうに……。
「君にトシはもったいないな」
 頬を引っ叩かれるかと思った。留まらせたのは彼女のプライドだろう。スカートを握りしめ、耐えるように唇を噛んでいる。ぼろぼろと大粒の涙が零れた。
「ムカツク……」
 涙が溢れながらも彼女はキッと睨みつけてくる。それを俺は冷静に眺めていた。泣かせちゃったな、とは思ったが胸は少しも痛まない。涙を拭った彼女は何も言わず毅然と歩いていった。
 硬い痛みに俺は右手を開いた。無意識にきつく握っていたらしい。淡いピンク色のネックレスをゴミ箱に叩きつけた。