ひと気のない南校舎三階の非常階段を選んだのは、食後の一服がしたいとトシが言ったからだ。階段の下からぷかっと煙が浮かんでくる。手すり越しに見下ろすと、昼の高い日差しがワイシャツの背中を照らしていた。走ってきたせいで心臓がバクバク煩い。一度足を止め浅く息を吸い、タタッとリズムよく階段を下りる。
「なんだよ、一人で食べてんなら声かけろよ」
 軽く軽く、と心の中で繰り返す。そんな深刻なことじゃないだろ?チャカして笑っちゃうくらいが丁度いいだろ?まさかトシのことロクに見てもないあんな子に、泣きたくなるほど本気だったなんていわないよな?
「トシって実はあんまモテねぇよな」
「うっせェ。モテるなんて思ってねぇよ」
 トシと同じ段に腰を下ろす。ぷかっと煙を浮かべてトシが笑った。正直ちょっとほっとした。
「あんぱん」
「あ、うん、あんぱん」
「そのままって」
 むき出しのあんぱんを目で指してトシが笑う。握って走ってきたから大層不恰好になってしまった。急いでたんだ。仕方ないだろ。食べかけだったあんぱんに改めてかぶりついた。
「しまった、牛乳忘れた」
「張り込み中かよ」
「それ総悟も言ってた」
 トシの笑顔が寂しそうに少し陰った。向かいの渡り廊下を数人の女子生徒が楽しそうに身を捩りながら歩いていく。小さな人影だったが仲のよさが伝わってくる。伸びたタバコの灰が落ちた。
「一人で食うのって味気ないな」
 トシの遠くを見るようなまなざしに苦しくなる。俺のほうが泣きたくなってきた。
「ごめんなぁトシぃ」
 目の前がじんわりぼけてくる。いかん本当に泣けてきた。気付かれる前に誤魔化そうとしたが、呆気なくトシにばれた。
「なに泣いてんだよ」
「俺にもよく分かんねぇぇえ」
 ぐずぐずの鼻声で抱えた膝に突っ伏すと、「仕方ねぇなぁ」とトシが呆れて笑った。顔をうずめる俺の頭をわしわしとかいて背中をはたく。慰められてるのを感じて大きく鼻をすすった。
「俺ぁ自分が情けねぇよ。トシと彼女にヤキモチ焼いてよぉ……」
「あれそうだったんだ」
「気付いてなかった?」
 顔を上げるとトシのしたり顔と目があった。
「いや、なんとなく思ってた」
「恥ずかしくて死ねる……」
 今宵のあんぱんはしょっぱいぜ……。
「でもな!でも今は違うから!心からトシのこと祝福してっから!」
 力強くこぶしを握りしめてはたと気付く。ちょっと待て!ダメだろ!フラれてんのに祝福しちゃダメだろ!
「えーと、その、次は応援してる!」
「俺としては当分いいかなぁ……」
 言葉が胸に突き刺さる。なんとなくトシが別れた責任を感じてしまう。まさにこれ罪悪感。
「そう言うなって!“恋の傷は恋で癒せ”てな!すぐまた弁当作ってくれるコが現れるって!」
「あんたと昼飯食えなくなるなら女なんていらねぇよ」
 トシの心の傷は思いの外深いらしい……。また俺は無神経なことを言ってしまった。しれっとタバコふかして見えるけどきっと凄い辛いんだ。そうだよな、そう簡単に「はい次」とはいけないよな。トシだもの。
 残っていた一塊のあんぱんを一気に口に入れて飲み込む。
「俺、トシと食べる飯が一番うまいよ」
 精一杯のフォローだ。少し驚いたトシの顔がじわじわと笑顔に変わる。隠しきれず、にじみ出てきた笑みだ。
「マジで?」
 可愛っ!
 一瞬で真っ赤になるったのを自覚して慌てて顔をそらした。反射的に可愛いなんて思ってしまったが、それってトシに失礼なんじゃないのか。女の子じゃないんだから。
「なぁ、なんで顔赤ぇの」
 トシが覗きこむようにして顔を寄せてくる。思わぬ距離感にまたさらに顔が赤くなる。
「あ、赤くない!」
「へぇ」
 顔を背けたまま向き直れずにいると、トシがニヤニヤ笑いながらさらに顔を寄せてくる。近い近い!
 どうにか現状を打破する方法に考えを巡らせていると、不意に肩が重たくなった。タバコの匂いが鼻先をよぎる。髪の毛が首筋に当たってくすぐったい。トシが頭を乗せたことをどうしたのかと思うより一瞬早く、校内中に予鈴の鐘が鳴り響いた。
 これだ!と俺は立ち上がる。見事、現状打破に成功しました!と思った直後、トシに手を引き止められた。座ったままのトシが俺を見上げる。
「まだ早ぇよ」
「英語ギリギリだから遅刻したらまずいの!留年しちゃうでしょ!」
 それでも手を離さないトシを無理やり引っ張り上げた。ようやくのろのろと立ち上がってタバコを携帯灰皿に落とす。
「たるい」
「サボるんなら一人でサボってよ」
「それじゃ意味ねぇし」
「明日もここで食べような」
 明日も明後日も明々後日も。来週も来月も。ずっと。
 俺もトシとこうしている時間がなによりも大事な気がした。あんなに彼女がほしいと思ってたのに。

─終─



   あとがき

 「まずい料理を美味しそうに食べる」というコンセプトの元、なぜか近→土になりました。
 3Zを書こうとすると近→土傾向になるのは何でだろう……。意図してないです。真選組より対等な感じがするからか?立場って重要ですよね。「重要」と書いて「おいしい」と読んでいただきたい。