普段は静寂とした神社の境内も、今夜ばかりは行き交う人々の声で賑わっている。路肩を埋め尽くす出店のオレンジ色の光が昂揚感を煽り、活気が熱気となって周囲から沸きあがっていた。すれ違う浴衣が色を添える。たこ焼きを頬張りつつ近藤は屋台の一角で足を止め、さらに焼きそばを注文する。とその背中に誰かがぶつかった。
「一人で祭りって悲しすぎね?」
反射的に謝ろうと振り返ると、フラッペ片手にストローをくわえた坂田が冷やかす気満々で立っている。謝罪するつもりだった近藤の口は、坂田と分かるといなや勢いよく反発心が飛び出した。ついでにタコも飛び出し坂田が顔をしかめた。
「うっさいわ。そういう自分だって──」
「俺は付き添いだから」
顎で指した先に金魚と格闘する神楽と新八の姿を見つけ、近藤は反論を飲み込む。
「俺だって仕事ですぅ。見廻り中なんですぅ」
「そんな口周りソースべとべとのヤツに守られたかねぇよ」
確かに近藤の口の周りはソースと青海苔と鰹節がふんだんにまぶされている。拭おうと無意識で伸ばされた坂田の手を、逃げるように近藤は身を引いてしまった。
一度失った記憶を再び取り戻して一ヶ月が経つ。近藤を取り巻く環境は、まるで何事もなかったように平常を取り戻していた。沖田も真選組の仲間たちも近藤がいなかったことなど忘れてしまったかのように平穏な日々が繰り返されていく。土方の目の奥に時折不安のような陰りが宿るのも、土方自身追いやろうとしているのが分かったし、近藤も一時だけ身をおいた仮初めの生活を忘れようとしていた。
坂田が伸ばした手を近藤の頭に落とした。
「いたい」
「の割には十分満喫してんじゃねェか」
なんだよそれ、とビニール袋に入ったお好み焼きのパックを指差す。「あいよ!」と屋台のおっちゃんに手渡され、さらに焼きそばのパックも加わる。
「これはトシの。あいつ祭りこれねェから」
「相変わらずな、お前ら。妬けるわ」
坂田の何気なさすぎる言葉に切り替えれずにいると、今度は顎に一撃が食らわされた。
「いたい」
「本気にすんな」
「してねぇ」
最後のたこ焼きを頬張り空パックをゴミ箱に捨てた。食べ終えた口元を雑に拭う。
「前となんも変わんないな万事屋は。なんかないの、後遺症とか」
「元々なんも変わってねェし?」
「嘘吐け、全然別人だったじゃねーか」
「おまえ後遺症とかあんの」
「それが、記憶が飛びやすくなったみたいでよォ。総悟が淹れてくれた茶飲んだら、総悟の布団に全裸で寝てたりな」
「へぇー……」
「お妙さんの身辺警護の真っ最中だったのに気がついたら道路で寝てたり」
「それ前からじゃね?」
くだらねぇと坂田は気さくに笑い飛ばす。顔は同じなのに顔つきが違う。声が同じなのに笑い方が違う。間違い探しのような真似に近藤は視線を逸らした。
ぶつからない程度に人ごみを避けながらぶらぶらと、どちらともなく歩き始める。通りすがる屋台から旨そうな食べ物の匂いが立ちこめ、すれ違う人々はどれも楽しそうに表情を輝かせている。坂田はフラッペを口に運びつつ間延びした調子で取り留めのないことを話した。万事屋のことが多い。近藤も雑談に乗る形で真選組での話を返す。坂田と浴衣姿のカップルの肩がぶつかった。相手の男と互いに軽く謝りあう。
「なんか人多いなぁ」
「花火今日だしな」
「そうなん?」
祭り三日目の今日は花火が上がるはずだ。腕時計を見ると丁度七時を指すところで、空には雲もないし予定通り決行されるだろう。目を凝らすと夜空に小さな星々が散らばっていた。