いとおしむように親指で近藤に頬を擦る。坂田の声は真剣で、優しくて、寂しげで、普段の坂田とも記憶の中の坂田さんとも違った。頬から伝わる暖かさは戸惑うほど近藤に胸を締め付けた。
「おまえの中のゴリさんに伝えて。もしまた記憶をなくしたら俺を頼って。俺に守らせて」
 近藤の頬から坂田の手が落ちる。離れる手を追いそうになって近藤は奥歯を噛み締めた。
「おまえも俺を頼れよ」
 坂田はわざとらしいほど大きく一つ笑い、近藤の足元のビニール袋を拾おうと上体を屈めた。坂田の顔が見たくて声をかけようとしたとき、そこに少女の声が重なった。
「ぎ、ん、ちゃーん!」
 坂田が顔を上げるより早く、全力で駆けてきた神楽が坂田の上に飛び乗った。体勢を崩した坂田は身近いうめき声と共にその場に膝をつく。やや遅れて新八も駆け寄ってきた。
「銀ちゃん捜したヨ!どこほっついてたアル!」
「重ぇーよ神楽」
「ほらほら見て見て。新種ヨ、新種!」
 背に乗ったまま神楽は坂田の前にビニールの袋を掲げる。金魚が泳いでいるのをよく見かける水を張った透明な袋の中には、サングラスが物悲しげに沈んでいた。坂田が訝しむ前に新八がフォローを入れる。
「店の金魚全部すくっちゃって」
 屋台のほうに顔を向けるとしょげるおっさんの姿が見えた。
「あんまイジメてやるなよ」
 突然揃った万事屋三人を微笑ましく眺めながら真選組での土方や沖田たちのことを思い出していると、近藤の存在に気付いた神楽が「あっゴリ!」と声を上げた。先ほどまで可愛らしく笑っていたのに急に意地悪い笑みをにやりと深めた。
「一人で祭りって寂しいアルなぁ」
「そうなんだよぉ。いいよな万事屋は楽しそうで」
「出方次第では混ぜてやらんこともないアル」
「本当に?」
「まず私のことは隊長と呼ぶネ!」
「ハイ隊長!」
「こーらこらこら」
 近藤と神楽の掛け合いが止まりそうになく、仕方なしに坂田は口を挟んだ。坂田が立ち上がると大きく揺れる背中に神楽が楽しそうな悲鳴を上げる。
「よし、じゃあ銀ちゃん、次は花火の見える一等地に移動ヨ!おいゴリ、ついてきな!」
「なに言ってんだもう帰んだよ。このゴリラとはここでお別れ」
 途端に神楽の顔が不機嫌に歪んだ。坂田の背で不平不満を爆発させる。
「散々遊んだだろ」
「ゴリとはまだアル」
「諦めなよ、神楽ちゃん。近藤さんだって仕事の途中みたいだし」
「仕事なんかしてるとこ見たことないネ」
「うっせぇな。落とすぞコラ」
「俺別にまだダイジョ……」
「おまえもう帰れ」
 見かねて口を挟んだ近藤だったがけんもほろろに遮られた。
「な、なんだよぉーその言い方ー!」
「帰らねぇんなら俺が連れて帰っちまうけど」
「つれっ……!」
 不意打ちのような言葉に近藤が固まってしまうと、坂田が盛大にため息を吐いた。
「嘘だよ。要らねぇよおまえなんか」
 神楽を落とさないよう気を付けながら拾い損ねていたビニール袋を掴む。
「いいから帰れよ。帰ってやれ。おまえを待ってるヤツがいんだろ?」
 差し出された袋を近藤は黙って受け取った。おぶわれたまま体を丸めグズグズと不貞ている神楽に軽く声をかけ、そんな神楽をなだめている新八に短く挨拶し、坂田とは大した言葉も交わさず万事屋たちと別れた。土方の土産はだいぶ冷めてしまっていて、空を仰ぐ群衆を足早にすり抜ける。神社を抜け、喧騒から遠ざかるにつれて人の数も減っていく。薄暗い道を屯所へと向かい近藤は歩く。打ち上げ花火の残響ばかりが近藤の耳に届いた。

─終─



   あとがき

 久々に銀さんを書いたら誰だかわかんなくなりました。何年経っても坂ゴリは鉄板だと思います。坂ゴリ踏まえた銀近も鉄板だと思います。