人形遣いは許されたがっている

 二人を繋ぐ長い鎖と、頑丈なパイプ。古びたロッカー。糸ノコギリ。首輪と爆弾。一本のチューペット。ひとつの鍵。
「おもしれぇだろ?」
「凄いですよ!さすが沖田さん。こんなのよく思いつきますね」
 渡されたコピー用紙の束をめくりながらヒロは興奮気味に答えた。真っ白い紙には沖田が企画したゲーム内容と、謎のゲームメイカー地愚蔵の台詞が書かれている。沖田はプレイヤー側にいるので、地愚蔵を演じるのはヒロとなる。少し不安を覚える。
「うまくいきますかね」
「まぁ、俺も誘導していくしな。屯所に爆弾が仕掛けられたとなりゃあ、土方さんのことだ、目の色変えてノッかってくらァ」
 沖田はさらりと言ってのけた。興奮に沸き立つ胸の内に、ひとつの氷が落とされる。己の所属組織の爆弾予告も、友人をはめることも、まるで他人事のように喋る沖田の姿に無意識のうちに表情が強張っていた。気が付いた沖田が見咎めるように眉根を寄せた。
「なんでィその面ァ」
「いや、その……」
 渡された台本の端を丸めたり折ったりと、指先は落ち着かない。
 沖田は多くの仲間に囲まれ、自分とは対極の人間だとヒロは思っていた。同じクラスにいたら友達になることなどないに違いない。いじめられたかもしれないと考え、思い直す。きっとそれすらなかっただろう。水槽を浮遊するプランクトンのように存在も知られずに終わっていく。
 ヒロにないものばかり持っている沖田は、しかし傍から思うほどには満ち足りた人生というわけではないのかもしれない。それがこうして過激な悪巧みに誘ってもらえる理由に思えた。そうでなければ沖田のような人物が、自分なんかを相手にしてくれるわけがない。胸に落ちてきた氷がグズグズと溶け出してくる。
「爆弾、本当に設置したりしないですよね」
「爆弾なァ。そこまでしちゃ流石に許しちゃくれねェだろうなァ」
 母親が勝手に供してきたケーキを、スポンジから生クリームを剥ぐように食べていた沖田がポツリと洩らした。独り言のような呟きにほっと息をつくと同時に、暗い喜びが芽生える。沖田もまた、同属だという喜びだ。半径三メートルの世界の崩落を望む人間だ。ただ致命的に異なるのは、終焉のスイッチに恐ろしくて触れられもしない自分に対し、沖田はきっと躊躇わない。
「そうですよね、そんなのが目的じゃないですもんね」
 生クリームの付いたフォークが皿に置かれ、小さな音を立てる。沖田は何も答えない。ニィと細められた目が笑う猫のようだった。


 抜けた床穴から狭い夜空が見える。誰もいなくなった穴からは、空に引っかかった細い三日月が底を覗き込んでいる。ひしゃげた段ボール箱と大量のチューペットの上で土方はそれを見上げ返していた。
 沖田主催の監禁ゲームは土方の落下までシナリオに含まれていたらしく、穴の先にはチューペットとクッション材の詰まった段ボール箱が緩衝材として積み上げられていた。おかげで相当な高さからだったにもかかわらず何とか生きている。元々満身創痍だった体に落下の衝撃も加わり、腕を動かすのにも難儀をするが、土方にとってそんなものは些細なことだった。転がっていたチューペット・グレープ味を一本手に取ると、口にくわえる。空っぽの内臓に糖分がしみ込んでいく。
 青白い顔で沖田は落ちていく土方を見ていた。エンディング迎えたゲームに対しての喜びなど微塵も感じられない。思い出して土方は舌打ちする。
「あー……くそっ」
 飲み干したチューペットの殻を投げ捨て、穴の先を睨みつける。
「あのヤローあとでぜってぇシメる」


 首輪に内蔵されたGPSが動いていないということは、土方がまだあの場所にいることを指し示す。ヒロが匿名の電話を屯所にかけてくる手筈になっているので、もうしばらくしたら救助が行くはずだ。助け出された土方が沖田のことを漏らすことも考えられたが、おそらくその心配はないとみていい。真選組の崩壊を土方は何よりも恐れている。
 携帯電話を畳んだ沖田は三日ぶりの屯所の戸を開けた。たった三日だというのに懐かしい匂いがする。人と食べ物と埃と土と微かに血が混じったような、ほっとするような、記憶に刷り込まれた匂い。人が生きている匂いだ。屯所は人の気配と喧騒にあふれていた。