「あー沖田隊長!どこ行ってたんすか!」
 やたらと声のでかい隊士の呼びかけを適当にやり過ごそうとしている間に、荒い足音が床を踏み鳴らし駆け寄ってきた。いかにも“怒ってます”といった体で、近藤が沖田の前に立ちはだかった。
「何してたんだよ今までェ!連絡もしないで!」
「すいやせん。ダチのとこに行ってました」
 素直に頭を下げる沖田に、近藤はあっさりと表情を和らげた。怒っていたのは本当にポーズだけで、近藤は初めから許すつもりいる。それはひとえに沖田が近藤には刃向ったことがないからだと、沖田はわかっている。
「なんか顔やつれてねェ?遊ぶのもいいけど連絡はしろよ。仕事サボんのも程々にな」
「もういいんですかィ。土方さんならもうあと三十分はガミガミ言いやすぜ」
「いいよ。危ないことしてないんならそれでいい」
 一間先の障子戸の影から、ちらちらとこちらの様子を窺っている者が、ちょうど沖田の視界に入ってくる。入隊して一年も経っていない新人隊士だ。いかにも局長に用がありそうな雰囲気を漂わせながら、近藤が沖田と話しているため、声をかけあぐねているのだろう。声もかけられず、仕事にも戻れず、そわそわと沖田を見てくる。近藤の死角から向けられる、縋るような視線を、沖田は無慈悲に視界の外へ締め出した。
「ところでトシ知らないか?」
 あいつもいないんだよなァと近藤が呟いている。奥の部屋から黒電話のけたたましいベルの音が聞こえた。切羽詰まった声が近藤を呼ぶのにあと一分もかからない。引きとめられはしないから、沖田は自ら一人になることを選ぶ。
「始末書書いてきやす」
「あ、とか言って寝る気だろ。すっごい眠そうだもん」
 期待通りに悪戯っぽく笑ってみせると、仕方ねぇなァと近藤が白い歯を見せて笑う。近藤が気持ちよく笑えば笑うほど、沖田の中に澱が溜まっていく。
「局長ぉぉぉ!」
 息せき切って電話番の隊士が駆けてくる。その声に近藤が振り返った。言葉を交わす二人の深刻な様子はまるで、愉快犯から電話口でゲームの開始でも告げられたかのようだ。
 沖田の想像の産物であるはずの地愚蔵が、一個の人格を持って動き出す。沖田のあずかり知らぬところで、地愚蔵の行動はエスカレートしていく。リアルな爆破の体感に沖田は身震いする。瓦礫と化した屯所の上で一人たたずむのは近藤だ。何もない空は青い。地愚蔵は沖田の前で仮面を落とす。解かれる包帯の下から現れる己の顔。対峙する自分は囁く。消してあげましたよ、あなたの望むままに──ダメだな。こんなありきたりの展開では面白くもない。沖田は思索を丸めて、頭の中のゴミ箱に投げ捨てた。それにやるならもっと綺麗に消えてくれないと。
 近藤が立ち去るより先に、沖田はそっとその場を離れた。近藤を見送るのは苦手だった。障子戸の影でまだおたおたしている新人隊士を、どんくせェと憐れむように横目で見やる。それじゃいつまでたっても捉まえられるわけがない。
「総悟!あれ、あっ総悟!大変だ、トシが!」
「土方さんがどうしやした?」
 いつの間にかいなくなっていた沖田を探して近藤が辺りを見回していた。土方の安否を思い、不安と焦燥がないまぜの目で沖田を見てくる。全部知っている沖田は、何も知らない素振りで立ち止まる。
 近藤を悲しませたいわけでも、自分が傷つきたいわけでもない。ただ時折無性に、真選組を壊したくなるだけだ。

─終─



   あとがき

 沖田さんに、真選組破壊願望があるんじゃないかと仮説を立ててみました。伊東先生についたのもそのためとか。
 沖田さんの脳内では、組織も仲間も綺麗に消えるけど、近藤さんだけは当然のように残ります。いなくなるとか考えてません。近藤さんがいなくなった仲間を思って悲しんでるのは嫌なので、綺麗に消えてくれないかなぁ、とか考えてます。
 反面、色々ヤバイ思考なのは自覚しているので、ストッパー役を土方さんに託します。八つ当たりです。土方さんは「近藤さんに許されなきゃ、意味ねぇんじゃねーの」と思ってます。