深い溜め息が夕暮れを染める……。なんて思いながら長谷川は夕焼け空を見上げた。去来するのは後悔の念ばかりだ。立ち止まっている長谷川の横を、見知らぬ男がすり抜けていく。自動ドアが開くのと同時に、けたたましい騒音が店内から溢れ出てきた。ジャラジャラと景気のよさそうな玉の音に追いやられ、深い深い溜め息と共に長谷川は店を後にした。
途中まではよかったのだ。結構調子よく当たりが出ていた。それがあれよあれよと大敗を喫していた。
「やっぱあの時止めときゃよかった……」
いつもと同じ反省を性懲りもなく繰り返す辺り、マダオたる所以な気がして、一層気持ちが重くなる。軽くなった懐を抱え、だらだら歩いているところを、長谷川は呼び止められた。にこにこ顔の近藤が現れる。
「あれ?一人?」
「丁度見廻り終わったとこで長谷川さん見つけたんで。先、屯所帰ってもらった。まぁ俺もすぐ戻んないとなんすけど」
途中まででも一緒に、と近藤は屈託なく笑う。
「いいよ。屯所までついてくよ。どうせ俺暇だしさ」
赤く染められた空は暮れ、街並みは薄暗くなりつつある。秋の日暮れは早い。涼しくなった風が人ごみを吹き抜ける。
「ひとんちの夕飯の匂いとかするとなんでか物寂しくなるよなァ」
長谷川が帰っても家には誰もいないと思い出させるからだろうか。行き交う人々が全て家路についているように見えてくる。
「俺は腹減ってくる」
「ああ、減るね。減ったね」
空腹で肩を落とす近藤のそんな態度を、微笑ましく思った。
「最近忙しいの?」
「まぁあ、そうかな。相変わらずと言うか」
「んー……」
言いかけた言葉を長谷川は飲み込んだ。忙しい中わざわざ時間を割かせるのも悪いし。そう思っていると、近藤のほうが口を開いた。余程いいことを思いついたのか嬉々とした表情を隠さない。赤信号で二人並ぶように立ち止まる。
「そうだ、この後予定ないんだったら召し食いに行かねぇ?」
「仕事は?いいのか?」
「託してくる!こういう時の為の局長だろ」
「悪い局長だなァ」
「いやいや、普段は違うから!ちゃんとやってっから、俺!」
慌てて自分のフォローをしだした近藤に、笑って「知ってるよ」と答えた。信号が青に変わる。一緒に立ち止まっていた人々がぞろぞろと歩き始め、長谷川もそれに合わせて歩き出した。少し遅れた近藤は足を速めて長谷川の横につく。
「何食うかなァ」
「何でもいいすよ」
やっぱりもっと慎重に引き際を見極めるべきだった。先程の反省が後悔に変わる。いつになく饒舌な近藤に相槌を打ちつつ、何食べるかばかり考えていたせいで、真選組の屯所に差し掛かっていることに気付かないでいた。当然、屯所の前に止まっている黒塗りの高級車に気付いたのもギリギリになってからだった。
迂闊だった。
無意識のうちに目がナンバーを確かめている。車の傍にはSPと思われる険しい表情の男が一人と、奥の角にも一人。物々しい雰囲気のなか、車の陰から別の人物がゆっくりと姿を現した。見間違えるはずもない。警察庁長官松平片栗虎の姿があった。
「とっつァん」
近藤の声でこちらの存在に気がついた松平は、長谷川を見て愉快そうににやりと笑った。
「よぉう」
低く響く声。忘れようとしていた昔の記憶が顔を出す。
「お久しぶりです」
もう二度と会うつもりはなかった。
「元気そうじゃねェか」
「お陰さまで」
嫌味か?と松平の顔が言っていた。嫌味だろうがそうでなかろうが、気にもしないくせに。