土方が床で寝ている近藤を揺するが、鈍いうなり声ばかりで起きる気配がない。傍から見てもかぱかぱ気前よく呷っていたのでまだアルコールが抜けてないのだろう。他の者も同様で、誰一人起きる気配がない。
「総悟帰るってよ」
多少苛立ったのか強めに揺すぶり、挙げ句音がするほどの平手打ちを見舞わせ、近藤が飛び起きた。
「総悟!帰んの?」
「帰りやす」
パチパチと瞬いて露骨に残念そうな顔をする近藤に、沖田は苦笑する。
「えー……」
「おら、何でもいいから服着ろ」
「まだいいじゃあん」
「仕事がありやしてね」
近藤はまだ不満そうではあったが、土方に言われて渋々シャツに袖を通した。
町に降り注ぐ朝日はやっぱり真新しくて、暑いはずの空気もどことなく清々しい。沖田たちの他に人影はなく、歩道のそこかしこに落とされたゴミだけが昨晩から取り残されてしまったかのように居心地悪そうにしている。
「もうムチャもきかなくなってきたなぁ」
大きく体を伸ばした近藤が、肩、首と回しながら呟いた。
「とりあえずすぐ脱ぐのをやめろよ」
「それは求められてると思って」
「ないわー」
来る時よりもさらにゆっくりダラダラと駅へ向かう。コインロッカーから荷物を取り出し、改札の前で別れるかと思いきや二人ともさも当然のように入場券で入ってきた。
早朝の新幹線ホームは思いのほかひと気が疎らで、盆とはいえ指定席を取る必要はなかったかもしれないと、沖田はちらりと思う。土方が欠伸をこぼした。
「まだ時間あんだろ。ちょっと一服してくるわ」
また一つ欠伸をこぼし、土方はホーム上の喫煙所へと歩いて行った。持っていた荷物を足元に置き、二人並んで新幹線を待っていると近藤が沖田に視線を向けてきた。
「こっちに戻ってこようとかはねぇの?」
「あー……うーん」
「はっきりしないなぁ」
沖田は曖昧に笑って見せる。正直なところ、今あの東京の狭っ苦しい賃貸マンションに帰れることに沖田は安堵していた。やはり拠点はあっちなのだと思い知る。すでに沖田にとって“帰る”と言ってしっくりくるのは、一人で暮らすあの部屋のほうになっていた。
「近藤さんこそ一生この町から出ないつもりですかイ」
「わかんないかなぁ」
「なんでィそりゃ」
そうは言ったが納得はしている。沖田自身目的があって出てきたわけではなかった。なんとなく行きたい大学があって、なんとなく入りたい企業があっただけの話だ。都合がよかったとも言える。出るも戻るもそんなものだろうと沖田は何もないレールに目を落とした。それでもやはり、このまままっすぐ行ったら重なることはないだろうと思う。煙草を吸って目が覚めたのか、すっきりした顔で土方が戻ってきた。
「おまえ、次いつ帰ってくんの」
「さぁ。仕事の都合もありやすし」
「もっとまめに帰ってこいよぉ。休まないと体に毒だぞ」
土方が意味ありげな一瞥を沖田にくれる。
「仕事をダシに使うなよ」
本当に忌々しい勘の良さをしている。
「今度はできるだけ早く帰ってこいよ?」
「ミツバさんも待ってるしな」
新幹線の長い鼻が滑り込んでくる。そう長い停車時間ではないにも係わらず、沖田はドアが開いてもしばらくの間ぼんやりと立ち止まっていた。近藤と土方も何も言わない。やがてじんわりと氷が溶けるように動きだし、「じゃあ」「おう」と短い挨拶だけで沖田は新幹線に乗り込んだ。チケットを片手に自分の座席を探し出し、ふと窓へ目を向けるとホームの近藤がキョロキョロしている。土方が沖田の姿に気づき、近藤の腕を叩いた。近藤の浮かべる笑顔に寂しさが滲んでいた。大きく手を振る近藤に沖田も軽く片手を上げ応えれば、近藤の表情がさらに差し迫る。横の土方も手こそ振らないものの、目元が優しくぬるまっている。
だから見送りは苦手なのだ。身の内に広がる寂寥を小さく小さく押しつぶす。
発車のベルが鳴り止み、緩やかに動き始めた車体があっという間に、見送る人の姿も駅も生まれ育った町も後方に押し流していく。沖田は椅子にも座らず流れる景色を眺めていた。
─終─