体勢を立て直した沖田が血糊を吐き出す。向けられた視線が冷酷な笑みを浮かべる。
「あの男は誰だろうと傍になんて寄せ付けなかっただろ?」
全身の血流が一瞬にして沸点に達した。
腹の底から湧き上がる轟音が渦をなし声となって口腔から溢れ出る。
極彩色の模様が禍々しく揺らめき視界を覆う。
沖田の輪郭だけが黒くぽつんと浮かび上がっている。
ああ、これだから。痛いところを突かれただけで熱くなるから俺は、先生の傍に寄れないのだ。先生は傍に寄らせないのだ。
真っ向から首へ斬り付けた太刀先から、沖田の体は後ろへと避ける。背中が扉に当たった。扉の窓から、切り離された車両が遠くに見える。間髪入れずに振り上げ、打ち下ろす。刀が沖田の頭頂を捕らえた、と思った直後、菊一文字が牙を剥いた。
衝撃が響き、太刀先が宙を飛ぶ。菊一文字に食い付かれ篠原の愛刀は両断した。折れた刀で出来ることなどたかが知れている。素早く柄を逆手に持ち替える。折れた切っ先が沖田のこめかみをかすめた。流れた血が左目を潰す。死角となった沖田の左手に身を滑らせる。沖田が体を捩る。短くなった刀身の分一気に間合いを詰め、喉元へ突き立てた。
皮の切れる感触。刃先が肉に食い込む。そこで突然右腕が力を失った。だらりと体の脇に垂れ下がる。腱を斬られたのだと理解する。痛覚が意識まで届かない。視線が太刀筋を追う。篠原の手から離れた刀が窓ガラスを割った。けたたましい物音と呼応するように、沖田の太刀が篠原の鎖骨から肋骨を噛み砕いた。割れた窓から風が吹き込む。その風を頬に感じる前に、篠原は崩れ落ちた。
「悪ィな、即死にしてやれねェで」
外の喧騒が段々と遠ざかっていく。沖田の声も遠い出来事のようだ。虚ろな目をして横たわるかつての仲間が、交わることのない視線を投げ掛ける。血だまりに立つ靴先に左手を伸ばす。 指が震える。力の入らない手で裾を掴む。見下ろす沖田の目が真っ直ぐ篠原を見続けている。
「俺の……は……先生に、は、伝えな……」
込み上げる血液が喉を塞いでくる。頬を濡らすものが、自分の血なのかどうかも判らない。目が霞む。ぼやけた沖田の口元が動くが、何を言っているのか聞き取れない。
「せん、せ……ぇ」
死ぬ覚悟なんてとうに出来ていたはずなのに。
空気が漏れる。
目の前が暗い。
寒い。
怖い。
痛い。
苦しい。
会いたい。
──ひとりで死ぬのは寂しすぎるだろう。
誰かの声が聞こえた気がした。
動かなくなった篠原の体を見下ろしたまま、沖田は血に濡れた刀を静かに振った。完全に静寂を取り戻した車内で、鯉口に納まる音だけが小さく響いた。
─終─