「わびしいねェ。副長さんがこんな場所でひとり酒とはよォ」
声をかけると、コップ酒に目を落としていた土方が忌々しそうに坂田を見上げてきた。
「税金で屋台とはいい身分なんだか謙虚なんだか」
言いながら土方の横に腰を下ろす。
「なんで隣に座ってんだよ」
「今さっき長谷川さんと飲んでたんだけどなぁ、飲み足りねェわけよ。偶には市民に還元してくれてもいんじゃねぇの。オヤジ、日本酒二つと、あと適当におでん見繕ってくれ。この男持ちで」
「勝手に頼んでんじゃねェよ!」
「まぁまぁ。奢ってくれんなら話し相手ぐらいしてやってもいいけど」
「何様!?」
その間にもコップと皿が置かれ、怒り心頭の様子だった土方は次第に呆れに変わっていた。大きく溜め息を吐く。
「飲みたきゃ一人で飲んでろ」
「待てって、な?今月カツカツなんだよぉー。ほら、万事屋たって限りなく無職に近いだろ?そのくせ従業員二人も抱えて銀さんも苦労が耐えないんだってぇ。なぁー、いいだろぉ、トシぃ」
立ち去ろうとしていた土方が急に振り返ったかと思うと、なにがなんだか解らぬままに胸倉を掴まれていた。
「てめェがその呼び方すんじゃねェ」
ドスの利いた重低音。見開かれた目は瞳孔が開いている。
「あー……はいはい。悪かったよ。悪かったです、土方さん」
胸のあたりまで両手を上げ、他意はないことを示すと、乱暴に突き放された。思わずイスから転げ落ちそうになる。そんな坂田には目もくれず、土方はコップに波々と注がれた酒を一気に飲み干した。空のコップが叩きつけられる。
「オヤジ、どんどん酒出せや」
それから一時間としないうちに土方は別人と化していた。
「ぅおーい。ちゃんと飲んでんのかよぉ坂田てめぇよぉぉ」
「飲んでます飲んでます」
一体どれほどのアルコールが消費されたのだろうか。全く見事なくらい完璧に土方は“出来あがって”いた。おかげで坂田のほろ酔い気分はすっかり醒め、いつの間にか一升瓶を手にした土方によって減らない酒を、ちびちびと舐めていた。
大声で管を巻いていた声が、急に静かになる。恐る恐る横を見ると、虚ろな目をした土方が、不満そうに眉をしかめながら坂田を凝視していた。
「……な、に?」
「つうかよぉなんなの?なんなのその白髪。男なら黒髪だろぉうが。黒髪にしろ」
伸びてきた手が坂田の後頭部を叩きだす。
「地毛だから、これ。別に狙って銀髪なわけじゃないから。てか白髪って言うのやめてくれな──」
出来るだけやんわりと叩いてくる手から逃げていると、その手が叩くのをやめ、なにを思ったか、今度はもじゃもじゃと髪をかき乱し始めた。
「ちょっ、おい!」
「ほんっとあれな。天パなのな」
「やめて。悪化するから。天パ悪化するから」
「悪化すんのかよ!超見てぇぇ!コントかよ!」
ツボに入ったのか大声で笑い続ける。身を乗り出してくる土方の手首を、坂田は捕まえた。屋台のオレンジがかった灯りで濃く落ちた影のせいか、近付いた土方の顔は酷くやつれて見えた。目の下にはクマが出ている。
「お前ちゃんと寝てる?もう帰ったほうがいんじゃねェの」
「眠れねェからこうしてんだろ」
アルコールで充血した目元が途端に不機嫌になった。掴んだ左手も振りほどかれる。
「んだよ。飲み足りねェ、つったのてめぇだろうが。まったく興醒めだぁあ。アホが。坂田のアホが。あーアホ……の坂田な。そういうことな」
「おい、どこ行くんだよ。ちゃんと帰んだろうな」
「飲みなおす」
土方が大きく揺れながら立ち上がる。そのため、坂田も持っていた箸を置き、腰を浮かした。
「おい、ここの金は!」
聞こえいてるんだか聞こえいてないんだか、土方の返事はない。ふらふらふらふら何処かに行こうとしている。
「あーもぉー後で払ってもらうからな!」
仕方なく代金を支払うと、慌てて土方を追った。
客を乗せて走り去るタクシーを見送って、坂田は舌打ちする。
「くそ、やっぱつかまんねぇな」
週末の深夜とあってタクシーは盛況。行き交う数も多いが、それ以上に客の数も多い。どうしたものかと振り返ると、乗らなきゃならない当の本人は蛇行しながら薄暗い公園へ歩いていく。おいおい、とタクシーを諦めた坂田も後を追った。