急に暗くなったように感じた。春先には花見客で賑わっていた園内も桜の花の落ちた今は、しんと静まり返り、砂利を踏む自分の足音だけが辺りに響く。頼りない外灯の明かりで見失った土方を探しながら公園を回る。以前花見に来たときよりも広く感じるのは人がいないからだろうか。今夜、月が出ていることに初めて気がついた。丸い月の端が、少しだけ欠けている。階段になっている傾斜を上り、高台に出る。そこで坂田は足を止めた。
 暗闇の中で一株の桜が白く浮かびあがっていた。懸かる月が遅咲きの桜だけを照らしている。他の桜の木が青々と茂っているなか、そこだけ時間が止まっているかのような錯覚に陥る。小さな花びらが音を立てずに散っていた。それをベンチに座った土方がぼんやりと見ている。
 背もたれのないベンチを後ろから回り、土方の隣に座る。屋台のときとは違い土方は何も言ってこなかった。
「終わっちまうな」
 桜に目を向けたまま土方が独り言のように呟く。その眼差しは虚ろで、映している桜の姿すら見えていないんじゃないかと思えた。
「タクシーつかまんねェし、お前、保護者に来てもらうからな。もー俺の手には負えないわ」
 酒癖悪すぎ、と軽口を叩きながら携帯電話を取り出す。だが開いた携帯電話を土方の左手が強制的に閉じた。そのまま坂田の手ごと掴んで離さない。
「来ねェよ。今、総悟んとこ行ってるから」
「あァ、看病でか」
 土方は答えない。
「寝不足もそのせい?」
 横目で様子を窺うと、土方が項垂れ坂田の肩に体を預けてきた。急に感じた重みに意識が集中する。
「おい──」
「……なぁ。銀時ぃ。トシ、て呼べよ」
 かすれた声が夜の空気を甘く震わす。
「呼ぶなつって怒ったじゃん」
「いいから言えよ」
 携帯を覆う土方の手に力がこもる。指先の熱っぽさに息苦しくなる。
 だがそれも全て、時季はずれの桜のせい。
「そうやって誰かの代わりにすんのやめてくれねェ?するほうもされるほうも辛いだけだから」
「代わりになれんならいいじゃねぇか」
「じゃあ、てめぇは俺を近藤の代わりにできんの?」
 土方の鼓動が速まった気がした。動揺した声が微かに震える。
「近藤さんとか、言ってねぇだろ」
「他に誰がいんだよ」
 初夏になろうとしている季節の夜風はあたたかい。
「つぅかさ、代わりに出来ないってのは、近藤にとっては土方十四郎も必要、てことじゃねぇの」
 右肩に乗っていた頭が離れた。
「てめぇは知らねえだろ。あの人にとってどんだけ総悟が特別か。比じゃねぇんだよ。多分総悟がいなきゃもう、帰って来てくんねェよ。終わっちまう。全部。なにもかも」
 低く、ゆっくりと、静かに、押し殺した感情が響く。悲痛な目が坂田を睨んでいる。
「知らねぇよ」
 土方の頭に左手を伸ばした。土方が坂田に助けなど求めていないことくらい解る。もたげていた頭を坂田の肩へと誘導する。
「おい──」
「どうせ起きててもバカなことしか考えねェし、煩ぇし、寝ちゃえば」
 思いの外素直に坂田の言葉に従い、土方は再びもたれかかってきた。額にあてがった手で瞼も覆う。
「ちょっとぐらいなら、俺の傍でも寝られんだろ」
 手のひらに瞼の動きが伝わってくる。
「冷てぇ……」
「飲みすぎなんだよ」
「俺の知ってる手はもっと熱くて……でかくて……」
 土方の口調がどんどん緩やかになっていく。呼吸も深くゆっくりになる。溜め息のような小さな吐息が聞こえた。
「あんたのいない夜は長すぎる」
 土方の呟きは夜の暗闇に消えていった。桜は変わらず、ひらりひらりと花びらを落としている。月もまたその真上で、やはり変わらずに照らし続けている。
 携帯電話を押さえていた手が滑り落ちた。土方が寝たのを確認して、自由になった携帯を開く。起こさないよう気を配りながら番号を呼び出す。発信ボタンに親指をかけながら、坂田はぼんやりとそれを見ていた。浮かび上がる画面が目に痛いほど眩しい。額に当てていた手で、眠る土方の髪をひと撫ですると、坂田は携帯を握る親指に力を込めた。

─終─



   あとがき

『白ク散ル』の続編です。ただの死にネタになったことを反省したはずなのに、懲りずに書いてしまった……。ここでもまだ死んでないけど。
 土方と山崎で書こうとして、主人公って便利だなぁと思いました。