大声で言いながら砂浜に下りてくる山崎に近藤は小さく肩を竦めると、視点を男に戻した。
「これ、本当に心配されてるんだと思います?」
「捜しに来る、てことはいなきゃ困るってことだろ。心配されてんだよ」
もっと信頼してやれよ、と少し意地悪く笑う。
「信頼してますよ」
にやりと笑い返すと近藤は立ち上がった。男の視線と重なる。
「話し聞いてもらって、ありがとうございました」
「別に俺は何もしてねぇよ」
「また、来ますね」
ここに来たからといって再び会えるとは限らない。むしろ会えない確率のほうが高いだろう。それならそれで海を見に来たのだと考えれば良い、と思っていた。会うことだけがここに来る理由ではない。ただ、もしまた会うことがあったら、今日のように海で、今日のように時間を共有したいと仄かな願いとして思っているだけだった。約束を交わすほどの願いではない。それなのに、何も答えずに微笑んでいるだけの男の様子に、わずかな寂しさがよぎった。
「それじゃあ、俺行きます」
軽く頭を下げて立ち去ろうとしたとき、急に思い立って近藤は足を止めた。
「あ、名前。訊いてませんでした」
「そういえばそうだな」
男は少し思案するように煙を吐き出すと、空に視点を合わせた。つられて近藤も見上げる。海の端から徐々に、夜の色へと変わっていっている。時間の経つのが早い。
「それは今度にしないか?次に会ったときに」
空を見るのを止め、そう言った。面倒くさそうでも気恥ずかしそうでもなく、ただの思いつきといった口調なのに、その言葉だけで一気に気持ちが晴れ渡った。約束など要らないと思いながら、次があるかもしれないわずかばかりのきっかけに、自覚できるほど嬉しくなっている。
「俺は名前知りたいですからね」
男の提案の意味を確認するように、近藤はサングラスの奥の目を見つめた。その目が細くなり「解ってる」と呟く。
「ほら、お前の仲間ずっと待ってるじゃねぇか。いい加減戻ってやれよ」
男の言葉が近藤の背中を押した。名残惜しさはあったが先程の寂しさはなくなっている。砂浜で退屈そうにしている山崎の元へ、近藤は歩き出した。海からの強い風が近藤を見送るように、穏やかな波の音と柔らかい煙の匂いを運んでいた。
─終─