隊士たちに近藤が局長でいることを望まれていないのなら、あの場所にいることは出来ない。それが不安だった。
目を閉じていると、規則正しい波の音よりも風の轟音が耳を襲う。足元の岩が崩れ落ちる音に思えた。
その風の中に潮の匂いと混じって、よく知った、それでいてどこかが違う匂いが鼻先をくすぐる。
「そうかな」
上からした声にゆるゆると顔を上げると、いつの間にか立ち上がっていた男が煙草に火を点けていた。手にしている煙草の煙が風に乗って近藤のところまで流れてくる。
「信頼してるから黙ってる、てこともあるだろ?」
「ありますか?」
怪訝な表情で見上げる近藤に、男は微苦笑を浮かべる。
「黙っていてもすべて察してくれる。察していても何も言わずに見守っていてくれる、とか考えてるんだろうな。余計なこと言って心配事を増やさせたくないのかもしれないし」
「言わないことで逆に心配してるとは考えないんですかね」
「考えねぇんだろうなあ」
「そんなの勝手すぎる」
近藤は言葉と共に深いため息を吐いた。項垂れた頭に聞こえてきたのは風の音と、男の落ち着いた声だった。
「ひょっとしたら、本当に信頼してないのはお前のほうなのかもな」
突然頭を殴られた気がした。
「俺はちゃんと信頼してますよ!」
むきになるのは的を射ているからだと解っている。
「これ以上何を、どう、信頼しろって言うんだよ!!」
強い風が立てている髪を乱す。それでも男は落ち着いていた。
「何があっても仲間を信じるのが局長の仕事だろ」
そう言って微笑んだ。
「無茶苦茶だけどな」
「ホントに無茶苦茶ですよ」
男を見上げると自然に空も目に入ってくる。冬のわりに青い空には白い雲がぽつぽつと浮かんでいる。ここはこんなに風が強いのに上空では関係ないといった様子で、緩慢な動作で流れていく。男が白い雲の断片のような煙を吐き出した。
「上に立つなんて損な役回りだよな。責任は全部負わなきゃなんねぇし、問題を抱えてたとしても平気な振りしないといけないしな。あんたのそんな面だって見せられねぇだろ?」
「そんなに酷い顔してますか」
「さっきよりはマシかな」
声を上げて笑う男に、近藤の表情も自然と和らいだ。何故だかとても安らぐ。
「まぁなんだ、局長業に疲れたらこうして時々海でも見てさ、余計な感情とか考えとか全部吹き飛ばしちまいな。海はでかいだろ?」
「そうですね」
目の前に広がる海は、視界に入りきらないほどどこまでも続いていた。冬とは思えないほど穏やかな波が、少しだけオレンジ色になった空を映している。冷たかった風も依然として強さは変わらないままだが、先程までの凍えるほどの冷たさではない。むしろ澱んだ不安で形成された自分という輪郭を取り払ってくれる気がした。
「とても大きいです」
横を見上げると、男が嬉しそうに笑っていた。見下ろすというよりも見守っているといったその立ち姿に、心地好さを感じる。負担にならない距離から包み込まれる心地好さ。
あっという間に夕焼けに変わった太陽に照らされ赤く映える男の顔が、何かに気付き近藤の後ろを見やった。遠くに視線を送っていた男は、口元に微笑みを形作りながら煙を吐き出す。
「どうかしました?」
「やっぱりお前は大丈夫だと思うよ」
男の横顔を見ていた近藤には言葉の意味が解らず、上体を捻って視線の先を追った。海岸沿いの砂浜より高い位置にある道路に、一台のパトカーが止まっている。運転席から山崎が降りてくるのが見えた。
「局長ぉー!」
強風にあおられて豪快に踊る髪を片手で押さえ、空いているほうの手を口の脇に添えている。
「そんなとこにいたんですか。皆捜してますよ。仕事だって溜まってるんだから、サボられると困るんです!」