嘘、建て前、本音、嘘

 廊下で鉢合わせた伊東は、早朝だというのに既にきちんと身支度を整えていた。
「おはよう、近藤さん」
 一方、近藤のほうはというと、着替えもそこそこに歯ブラシをくわえている最中だった。まだ顔も洗っていないし髪も寝ている。
「あ、おふぁよ」
 近藤が初めて会った伊東に抱いた印象は『物腰の柔らかな人物』だった。口調は冷静なのだが声音は柔らかく、誰に対しても丁寧に接する。それは伊東と付き合いの深い同門の面々を前にしていても変わらない。
 けど本当にそうなんだろうか。
 気が付くと近藤は伊東の姿を目で追うようになっていた。
「今日も平和だといいな」
「そうですね」
 いつもみたいに穏やかに微笑まれる。近藤にはそれが、無理をしているようにしか見えないのだった。

 夜更けにまだ灯りの漏れる伊東の部屋を、近藤は勢いよく開け放った。机に向かって本を読んでいる伊東が顔を上げる。本当にいつ寝ているのだろう。
「一緒に一杯やらないか」
 一升瓶と二つのコップを畳に並べると、伊東は微かに眉を顰めた。
「まだやることがあるのだけど」
「まぁまぁ、あんまり根つめすぎると倒れちゃいますよ。息抜き息抜き」
「……」
 無言の伊東に無理矢理コップを持たす。乗り気ではなくても注がれれば空けてくれるのだ。
「先生、彼女います?」
「何を突然」
「先生ってあんまり私生活が見えないからさ。誰かに甘えたりしてる?もっと弱いとこ見せてもいいと思うんだよ」
 空になった近藤のコップに伊東が酒瓶を傾ける。
「君はお妙さんかな」
「そう!お妙さん!あ、いや、お妙さんは甘えるより甘やかしたい?いや、寧ろ俺はあの凛とした強さを支えたい!」
「ふふ、随分と惚れ込んでいるのだね」
 微笑む伊東は、近藤のこれ以上の介入を拒んでいるように見えた。減りの遅い酒を注ぎ足すことも出来ず、近藤はもどかしさを覚える。全てを拒絶する鎧なのだと伊東の笑顔は語っていた。

「ずっと一人で立ってるのってしんどいよなァ……」
 机に向かう土方の背に近藤はもたれかかった。仕事するのに邪魔だろうに土方は文句一つ言ってこない。畳に伸びる土方の影とそれに重なる自分の影に伊東の姿を思う。
「誰のこと考えてる?」
「誰ってこともないんだけどな……」
 ごにょごにょと口ごもる。
「トシと先生が似てると思ってな」
「似てねェだろ」
「見てると出会ったときのトシを思い出すんだよなぁ。ほっとけない感じとか、なんか似てんだよ」
「あんた、それ俺に言ってどう返してもらいてェんだよ」
 土方が振り向いたため、もたれかかっていた近藤が押し退けられた。さらに不穏な眼差しまで投げつけられる。
「え、なに、怒ってる?」
「……別に」