灰皿で煙を立ち昇らせている煙草を無視して、土方は新たに火を点けた。
「あんたがなに考えてようと俺には関係ねェしな」
「そうゆうなよ。あ、膝枕してやろうか。トシも偶にはどーんと体預けて来いよ。受け止めてやる」
「要らないって」
「休憩も大事だぞー。さァ来い。よし来い」
土方にちょっかいを出している最中、気が付くと戸口に伊東が立っていた。
「失礼、土方君に尋ねたいことがあったんだが……お邪魔だったかな」
「そう思うなら出直すくらいの気遣いを見せてもらいたいもんだな」
土方のトゲのある言い方にも動じず、伊東が微笑んだ。
「相変わらず君たちは仲がいいのだね」
伊東の笑みが近藤の胸に引っかかる。
「申し訳ないんだが近藤さん、少し席を外してもらえるだろうか」
土方も渋々だが同意している。
「ああ、そうだな」
元々仕事中に副長室で油を売っていた近藤に問題があるのだ。いい加減仕事に戻らなければならないことも分かっているのだが、素直にこの場を離れるのが受け入れがたいような気持ちが、もやもやとたゆたっていた。本当に些末なそのわだかまりが、伊東が土方に見せた笑顔によるのだと気が付いたのは自室へ向かう廊下の途中でだった。いつもとは違って少し意地悪く笑ったように見えた。まるで親しい友人と話しているみたいに。それがわだかまりとなって近藤の胸にくすぶり続けていた。
無意識に柱の時計へ目をやった伊東は、五分と経っていないことに気付き顔をしかめた。等間隔で刻む秒針の音が煩く、目の前の活字が頭に入ってこない。もう寝ようと本を閉じかけたとき、襖の外から声がかけられた。暗闇に溶けるような囁き声だった。
「先生まだ起きてるかい」
閉じかけた本を再び開き返事をする。
「どうぞ」
遠慮がちに開いた襖から近藤の姿が現れる。
「寝るとこだった?」
「いや」
「俺のこと待ってたりして」
部屋の外からした近藤の声はどこか様子が違うように感じられたのだが、やはり今夜もコップを差し出してきた。手にしていた本を閉じコップに持ち替える。近藤が慣れた手つきで伊東のコップに酒を注いだ。
「然し分からないな。何故君は、毎晩僕の部屋へ来るのだろう」
「先生と飲みたいからに決まってるでしょーが」
言いかけて伊東は口をつぐんだ。近藤は続きが喋られるのを待っていたが、一向にその気配は感じられない。黙り込んだまま揺れる水面を見つめ、口を付けた。なみなみと満ちていた酒は半分になり、コップを置くと伊東は懐から煙草の箱を探り出した。近藤の身近に酷いヘビースモーカーがいるから別段抵抗もないのだが、伊東は「失礼」と一言断って火を点けた。
「先生も煙草吸うんだな」
「飲むと吸いたくなる程度だがね」
「へぇー。知らなかった」
「酒と同じだよ。習慣性はないが、嗜めないほどでもない」
煙を吐き出しながら、体を捻り机の灰皿を引き寄せる。
「でも今まで吸ってなかったよな」
「灰皿がなかったからね」
今になって用意された灰皿。灰を落とす仕草はぎこちない。もしかして、と近藤は呟く。
「先生も俺と飲むの、ちょっとは待っててくれてた?」
「そりゃあ、近藤さんを飲むのはいつも楽しいですから」