レンズ越しの少し赤みを帯びた目元が、煙草をくわえる口元が、いつもと同じ微笑みをたたえる。コップを持つ近藤の指先が白くなっていった。注ぎすぎた酒を一息で飲み干し叩きつけた。
「正体なくすほど飲ませたら、あんたの本音も見えるかな」

 低い唸り声を上げた近藤がよたよたと畳に寝転がろうとしている。座布団を二つ折りにし顔を沈める。
「寝るのなら自分の部屋に戻りたまえよ」
「寝ない、寝ない。ちょっと横になるだけぇー」
 真っ赤な顔して横になるだけと言われても、なんの説得力もない。現に近藤の目は閉じている。
「だから、ほら……」
 起こそうと揺する伊東の手を、近藤が掴んだ。とっさに振りほどこうとしたが振りほどけない。
「せんせぇ」
 舌ったらずに伊東を呼ぶ。開いた近藤の目が伊東を見据える。
「俺ずっと、恋人でも友人でも同門のやつらでもトシでも誰でもいいから、あんたが本音で話せる相手がいればいいのに、て思ってたよ。……けどホントは違ってた」
 近藤の手が熱い。向けられる眼差しも直視できないほどに熱を持つ。
「俺以外に見せないで欲しい。あんたの本心を見れるのは俺だけがいい」
「君は……随分と酷い男だね……」
 握られた手を、逃れるようにしてほどいた。真っ直ぐ見つめてくる近藤の目は、常に事の真の部分だけを見通してくる。幾重にも伊東を覆う全てのものが一瞬にして剥ぎ取られてしまいそうで、思わずその目を塞いでいた。
「せんせ?」
「どうして君は局長なんだろうな……」
 丁寧に丁寧に包み込んできたものが、隠しきれなくなり始める。
 口の端から言葉が漏れ出す。
「もし、君が、局長でなかったなら……」
 伊東は唇を噛み締めた。

 朝日の眩しさで近藤は目を覚ました。自分の部屋で、ちゃんと布団の中で寝ている。が、記憶にない。全身の酷いだるさを引きずりながら布団から這い出した。
 顔を洗い、歯を磨きながら残っている記憶を紡いでいく。断片的な映像や言葉が順不同で現れる。そのどれもが曖昧で、リアリティのある夢なのか心許ない現実なのか、判別がつかない。
 ひとつ気になる言葉があった。伊東の声だったように思える。漠然としたイメージの塊に過ぎず、はっきりとした形を追おうとすると逆にぼやけてくる。然しふわふわと消えてしまいそうな記憶群の中で、それだけ妙な重量を持って存在していた。
「おはよう、近藤さん」
 振り返ると伊東の姿があった。酔いも残さず、今朝も皺ひとつない制服に身を包んでいる。
「あ、先生、昨晩は──」
「大変だったよ、君を部屋まで運ぶのは」
「も、申し訳ない……」
 昨日も一昨日も見た同じ笑顔で伊東が微笑む。記憶の現実感がどんどん薄れていく。立ち去ろうとした伊東を呼び止めた。
「先生、昨日言ったことって……」
「なんのことかな?」
 伊東が不思議そうに首を傾げる。声に出した途端、イメージが霧散した。近藤の自信が急激になくなっていく。都合のよい夢だったと、結論が出てしまったようだ。
「いや、なんでもない。……なあ、先生。もし俺が局長じゃなかったらどうなってただろ」
「出会うこともなかっただろうね」
 そう言う伊東の笑顔はいつもと違って見えた。

─終─



   あとがき

ようやく鴨が書けて嬉しいです。ずっと書きたかったけど話が思いつかなくて思いつかなくて……。鴨と土方は似ているということに気付いて(思い出して)、やっと糸口がつかめました。近藤と伊東の二人はどうあがいてもくっつかないであろうところが、話を考える際に美味しくもあり、切なくもあります。いろんな意味で。
 さらに今回は、局長の困った博愛主義っぷりも書きたかったのでした。